Stand By Me



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




Chance? or Necessity?



 守護聖としての役目を終えたオスカーは下界のある惑星に降り立った。
その星は以前、グレイシャと共に過ごした街のある星で
聖地で過ごした数年の間に、何百年単位で時の過ぎたその街に
以前のような面影を求めている訳ではなかったが、特に行くあてのないオスカーは
まずのその惑星に足が向いたのだった。

 「‥‥まあ、墓参りがてら街を見に行くのも悪くない。
  その後の事はその後考えればいいさ‥」

 乗り物を乗り継いで街のあった方向を目指す。
窓の外に流れる風景に目をやりながら、変わってしまった町並みを眺めていた。







 以前の街があった場所に辿り着いたオスカーは少々の驚きを感じていた。
さすがに建物等は変わっていたが、街を包む空気は変わってはいなかった。
近代化が進んだ訳でも、荒廃した訳でもなく、どことなく帰ってきたような懐かしさを
感じさせるような人々の流れと交流、自然のままの姿。
 街の中をゆっくりと歩きながら、グレイシャと過ごした家のある丘を目指す。
だんだんと街並が開け、目前にのびる道がなだらかにあがりはじめる。
その坂を登りながら、オスカーは心の中に浮かぶ疑いと期待を入り混ぜながら
二つの言葉をくり返したいた。

 「そんなばかな!!。‥‥‥でも‥!!」

 小高い丘へと続く緩やかな坂道は、オスカーがそこを発ってから
またグレイシャが亡くなってからかなりの年月を過ごしたにもかかわらず、
まるで、一週間ばかりしか時間の経っていないような変わらぬ景色でオスカーを迎えた。
 目の前がサアッと広がり一つの大きな巨木が目に映った。
オスカーが過ごした頃は一階建ての家の屋根に精々肩を並べるくらいだった樹が大きく背を伸ばし
高さも幹の太さも比べ物にならない程だった。
その巨木を眺めながら、オスカーは改めて自分が取り残された時間の存在をありありと
実感していた。そこから数百m程離れた所にその家はあった。
何度もの建て直しを経験したその家は、わずかな形、大きさ、材質、外壁の色と
その全てにおい少しの違いはあったが、街のにぎわいから離れたこの丘に
ひっそりと佇むようににオスカーを出迎えた。

 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥!!」

 オスカーは言葉を無くし足が止まった。窓からは明かりがもれている。
今は見知らぬ誰かが住んでいるであろうその家に、オスカーは運命のようなものを感じていた。
陽も暮れかかったその時間にオスカーはふらふらと足を進めその家に近付いた。

 (‥‥‥どうするつもりなんだ、俺は?!。
  昔この家に住んでいたなんてそんな話が通用するとでも?。
  ‥‥‥‥どうかしてる‥。人に見つかる前に街へ引き返すんだ‥)

 しかし足は一向に動いてはくれなかった。その時、家の中から女性の声が聞こえ
ドアノブが微かに動くのをオスカーの目が追った。

 「(まずい‥)







開かれたドアの中からは自分と同年代らしき、腰までの長い黒髪の女性が現われた。

 「‥‥えっと‥‥その、俺は別に怪しい者じゃ‥‥‥‥」
  (何を言ってるんだ。これじゃ警戒心をあおるようなものじゃないか‥)

 オスカーは面倒な事体になる前に退散しようと足を街へ向けた。
歩き出したその後ろから、思いもかけぬ声がかけられた。

 「オスカー?」
 「!!!???」

 オスカーはこれ異常ないという程に目を丸くして振り返った。
見知らぬ女性。偶然口をついた名前にしてはでき過ぎている。それにどう見ても
女性はオスカーの事を知っているような眼差しだった。

 (下界に知り合いなどいない。この街に来てからも名前を口にしてはいないのに‥)
  「????????」
 「やっぱりオスカーだ!!!」

 黒髪の女性はオスカーに駆け寄って抱きつくと、満面に笑顔を浮かべながら
キラキラした瞳で話しはじめた。

 「信じられない!、また逢えるなんて。
  おとうさんとおかあさんに聖地の話を聞いてから、もう2度と逢えないんだろうと思ってたのよ!?」
 「”また”??」
 「もう一度逢えて凄く嬉しい!!。どーしてここがわかったの?」
 「‥‥‥すまないが人違いをしていないか?。失礼だが俺はあなたとは初対面だと思うんだが‥‥‥」
 「なんでそんな変な事いうの?。炎の守護聖のオスカーでしょ?」
 「!!??。何故それを?」
 「‥‥‥あ!!、わかった。オスカー、私が誰だか解らないんでしょ。
  ひどーい‥‥。一度逢った女の人は絶対に忘れないって言ってたくせに」
 「‥‥‥‥‥いや‥‥‥‥その‥‥。
  (?。今の言い方‥‥‥どこかで聞いた事があるような‥‥??。)‥‥」

 一度逢った事があると言う女性に、思い出せないから名前を聞くなんて事は
オスカーには出来なかった。
しかし必死で思い出そうとしても、今まで聖地に居た自分を知る女性など心当たりがなく
聖地で会ったにしては、きれいに記憶が無くなっている。
‥‥‥困り果てたその時、家の奥から男性の声が聞こえた。

 「お客さまかい?、リール−」
 「!!!!!!!!!」

その聞き覚えのある名前にオスカーはぎょっとした。

 「えっ!!!???。まさか、リルヴェ−ルなのか??」
 「そーだよ。私の事忘れないって約束してくれたのに‥‥」
 「いや、忘れてはいない‥‥。‥‥‥‥いないが‥‥‥‥」

 オスカーは目の前に居る同年代の女性が、記憶の中で娘と思う程幼かったリルヴェ−ルだという事を
確かめるように、彼女を眺めた。頭のてっぺんから、足のつま先まで‥。
父親譲りの流れるような漆黒の黒髪と、漆黒が余計に目立たせる白い肌、
母親似の整った顔だち、すらりとのびた手足‥‥‥。

 「‥まいったな‥。‥‥‥‥まさかこんな‥‥」
 「リール−?」
 「はぁい。‥‥‥とにかくあがってよオスカー。ね?」












 腕を引かれるまま、オスカーは家の中に足を踏み入れた。
案内されるまま家の奥へと進み、奥の一つの部屋に消えたリルヴェ−ルを追うと
その中でベッドに横たわる一人の男性と目が合った。

 「リールー、彼は?」
 「うん。前に話した事あるでしょ、オスカーの事」
 「ああ、彼が」
 「オスカー、彼は私の旦那様で‥‥‥」
 「だんな!!??」
 「そうだよ」

オスカーの驚きぶりにベッドの中の男性は声を殺して笑っていた。

 「クリフトです。初めまして」
 「‥あ‥‥‥ああ」
 「‥‥オスカー、もう私仕事に行かなきゃいけないの。帰ってくるまで待っててね?。
  クリフト、オスカーを帰らせないでね?」
 「ああ。きちんと見てるから安心していっておいで。十分気をつけるんだよ」
 「はあい。いってきます」

 会ったばかりのしかも男と二人きりにされたオスカーは、未だ驚きも冷めぬまま
ベッド横の椅子に腰をかけた。背もたれに倒れ深く溜め息を吐くオスカーに
クリフトが話し掛けた。

 「ここへは何で来られたんですか?」
 「ああ‥‥偶然なんだが‥‥(だからこそこんなに驚いているんだが‥)
  ちょっと立ち寄ってみただけなんだ。まさかここにあの子が住んで居たなんてな。
  (‥‥‥‥‥まったく、女王陛下の悪戯か‥?)」
 「そうですか‥」
 「あの子はこんな時間に働きに出てるのか?」
 「ええ。情けない話ですが僕がこんな状態なんで、昼と夜の2〜3時間
  街に出て占いの仕事をしてるんです」

ベッドに横たわるクリフトは青白く生気のない顔で聞くまでもなく体を壊しているようだった。

 「占いか‥‥‥‥。クラヴィス様の血筋だな‥、占いを仕事にできるとは‥」
 「え?。彼女の御両親を御存じなんですか?」
 「ああ。あの子と‥というよりは、あの子の両親との知り合いなんだ」
 「そうでしたか。‥‥‥あの、会ったばかりで失礼なのはわかってるんですけど
  彼女の事をよく知っている方だし、一つ頼み事をしてもいいですか?」
 「頼み事?」
 「最近、外の街から質の悪い人が多くこの街にはいって来てるんです。
  リールーの占いの腕が噂になっているようで‥‥。
  今日、検診に来て下さった先生から聞いたんですが、昨日の夜
  彼女が何人かの男達にからまれて、間にはいった人が怪我をしたそうなんです。
  夜の方はしばらく休むように言ったんですが彼女聞かなくて‥、
  心配なんで、様子を見て来てもらえませんか?」

 そう言われて思い返してみると、確かにこの街に足を踏み入れた時
昼間から酒をあおるようながらの悪い連中がやたら目についた。
リルヴェ−ルの容姿からするとそういった連中がちょっかいを出しやすい‥‥
というより、リルヴェ−ルは街の中でも特に目立つ程の美貌の持ち主だ。
オスカーは不安を覚えクリフトの申し出を受けた。

 「いいだろう。場所は?」
 「街の中心にある噴水に面してある大きな酒場です。昼は食堂をしてるんですけど
  夜になると酒場になるんです。”カムナガラ”という店です」
 「わかった」

 オスカーは席を立つと、部屋を後にし街の中心に向かった。
















 街の中は仕事を終えた男達や女達で昼間とは違うにぎわいを見せていた。
仕事の疲れを癒すように楽しく酒をのみ食事をする人々。
夜の時間を楽しむすれ違う恋人達や、団欒を楽しむ家族。
そんな人並みの中をかき分けてオスカーは街の中心へと向かった。
街のシンボルのように大きく存在する噴水を目にすると、回りを見渡し酒場を探す。
そして一件の、辺りとはひときわ大きな騒ぎをまく店を見つけた。
店頭には大きく「カムナガラ」という看板がかかっていた。

 「‥‥ここか‥‥」

オスカーは店の中へと入っていった。











 酒場”カムナガラ”の一番奥の一つのテーブルには一人の女性が座っていた。
他のテーブルのように酒や料理が並ぶことはなく、その代わりに深い紫色の厚い布地が敷かれ
その上にはテーブルの中心を囲むように4本のロウソクが灯されていた。
そしてテーブルの上に並べられた古いタロットカード‥‥。

 「う〜〜ん‥‥。あんまり良くないなあ‥。このままじゃそのうち体の調子が悪くなるかも。
  今何か力を入れてるものってある?」
 「ああ‥‥。ちょっとお店を大きくしてみようかと思って色々‥‥。無理かな?」
 「無理じゃないけど、今は止めた方がいいみたい。
  ゆっくり休んだ後に運が向いてくるかも。‥‥頑張って」
 「そ〜かあ‥‥。ありがとう、リルちゃん」
 「どーいたしまして」

 占いの腕の確かさ、人に好かれる素直な性格、そしてその容姿。
リルヴェ−ルはこの街のちょっとしたアイドルだった。
昼と夜とあわせて5〜6時間程しか占いの仕事をしていないにも関わらず来る客は絶えず
自分と寝たきりの夫が暮らしていくのに足りるだけの収入があった。

 そして今日の夜も、昼間には来られない人達がリルヴェ−ルのテーブルを囲んでいる。
しかしその人垣を押し分けるように、酒臭い男達が3人程リルヴェ−ルに近付いて来た。

 「よ〜う。今日もいたな」
 「(ムッ)占って欲しいんでしたら順番を守って後ろに並んでもらえますか」
 「こんなムサイおやじ共なんか相手にしてねぇでよ、俺達と飲もうぜ?、なあ」
 「お断りします。まだ仕事の途中ですので‥」
 「いいじゃねえか、金が欲しいんだったら俺達がくれてやるぜ?」
 「そーそー。なんてこたねぇよ。一晩俺達の相手をしてくれりゃあさ。な」
 「ちょっ‥‥!!。離して!!」

 男達はリルヴェ−ルの腕を強引に掴み無理矢理椅子から立ち上がらせると
自分達のテーブルへと引きずっていった。

 「なにやってるんだ!!。その手を離しなさい!!」
 「おじさん!」

 男達を引き止めたのは”カムナガラ”の店主だった。
初め外で占いをしていたリルヴェ−ルに、店の中の一角を貸し出して面倒を見ていた人物で
からまれるリルヴェ−ルを助けようと間に入り、昨晩暴力を振るわれ怪我をしたばかりだった。

 「うるせえぞ!。おやじは引っ込んでろよ」

男達は肩を掴んだ店主を強引に引き剥がすと乱暴に放り投げた。

 「おじさん!!」

 その時、倒れかけた店主を一人の男が支えた。
その人物を見てリルヴェ−ルの顔に安堵の色がもれる。

 「オスカー!!」
 「やれやれ‥‥。もう少し急げば良かったな‥。
  そんな態度では女は寄ってこんだろう。なんなら俺が口説き方を指導してやろうか?」
 「なんだおめーはよ。邪魔すんなよ」
 「そういう訳にもいかん。俺はその子の保護者代理だ。その子と付き合いたいのなら
  まず俺に話を通してもらおうか?」
 「うるせえんだよ!!」

 一人の男がオスカーに襲い掛かったが、オスカーは難無くその男をかわし
延髄の辺りに一撃を入れると、男はその場に倒れた。
オスカーの手慣れた様子に、リルヴェ−ルを掴んでいた男達も二人がかりでオスカーに
向かったが、軍隊で鍛えたオスカーに街のちんぴらごときがかなう訳もなく
顔に痣を作りながら男達は店を出ていった。

 「オスカー!!」
 「大丈夫か?、怪我は無いようだな‥‥」

 オスカーに抱きつきまだ微かに震えるリルヴェ−ルをなだめるように背中を撫でると
リルヴェ−ルはだんだんと落ち着きを取り戻した。

 「どうしてここに?」
 「お嬢ちゃんの旦那に頼まれたんだ。まったく‥‥‥、
  俺が居なかったらどうなっていたことか‥。ダメじゃないか。こんな無理をして」
 「‥‥ごめんなさぁい」
 「誤るなら俺にじゃなく他にいるだろう?」

リルヴェ−ルはオスカーから離れるとぽかんと口を開けたままの店主へと向きを変えた。

 「ごめんなさい、おじさん。お店の中を騒がせて‥」
 「‥‥!ああ、いいんだよそんな事。助けになってあげられなくて済まないね」
 「ううん!。ありがとう」
 「いいや‥‥‥。それより見かけない顔だけど、リルちゃんの知り合いなのかい?」
 「うん。あたしのお父さんとお母さんのえ〜‥‥‥と‥‥仕事仲間?だった人」
 「?そーかい‥‥‥。なんにしろ良いタイミングで来てくれてよかった‥」

 騒動も落ち着いてリルヴェ−ルは占いの続きを始めた。数人を占ってその日の仕事を終えると
オスカーと共に帰宅についた。










帰り道で他愛もなく話をするリルヴェ−ルにオスカーはふと訪ねた。

 「そういえば‥‥クラヴィス様とアンジェリーク様は今もお元気でいらっしゃるのか?」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「リールー?」
 「‥‥‥多分‥‥元気なんじゃないかな‥‥」
 「”多分”?」
 「最近会ってないから解らないや‥」
 「会ってないって‥‥‥どうして‥?」
 「知〜らない‥」

 返事を渋るリルヴェ−ルはオスカーを残して足早に家へと帰った。
オスカーはその様子のおかしさに気付きながらも、とりあえずそれ以上は聞かなかった。
















 それから数週間が経ったがその間何度となくクラヴィスとアンジェリークの事を
リルヴェ−ルに聞いてみるが、返事はいずれも同じで「会ってないから解らない」だった。
オスカーはある日、リルヴェ−ルが買い物に出た隙を狙って、クリフトにそれとなく
リルヴェ−ルの両親について聞いてみる事にした。

 「え?。彼女の御両親ですか」
 「ああ。今もお元気なのか?」

その質問をしたとたん、クリフトも顔色が変わっていった。

 「‥‥その事、リールーにも聞きました?」
 「?‥ああ」
 「彼女、返事を渋ったでしょう」
 「ああ。でもどうして‥‥。まさか、もう亡くなっているのか?」
 「いいえ。多分お元気でいらっしゃると思いますよ。最後に会ったのはもう4年も前になりますが‥」
 「4年!?。一体どういう事なんだ?」

クリフトはベッドから体を起こすと枕を背もたれにして座り直した。

 「僕と彼女は‥‥、半ば駆け落ちのような形で家を飛び出して来たんです。
  彼女の御両親‥‥特にお父君が僕との事を許してくれなくて‥‥」
 「クラヴィス様が?」
 「僕は生まれつき体が丈夫な方ではなかったので、多分その事が原因でしょうね」
 「‥‥‥‥‥‥。」
 「彼女も結構強気な性格ですから、どうあっても結婚の許可を出してくれない父親に
  我慢が出来なくなって、駆け落ちのような形‥‥というか、駆け落ちそのままで
  飛び出して来たんです」

クリフトは辛そうに笑いながらも淡々と話を進めた。

 「でも‥1年も経たない内に僕の体は壊れ始めて、2年も経つ頃にはベッドに出たり入ったり
  3年も経った頃にはほとんど寝たきりになってしまって‥。
  その分の負担を全部彼女に負わせてしまって‥‥これで旦那だっていうんだから‥」
 「あの子は何か不満でももらした事が?」
 「いいえ。嫌そうな表情すらしないで‥‥、毎日が大変なはずなのに。
  思いきって御両親に連絡しようかとも思ったんですけど、それも出来なかった。
  こんな状態になってしまった僕では、引き離されてしまう事は目に見えてますからね。
  ‥‥彼女の為に僕に何ができるのか‥、それはわかっているのに‥。
  僕への気持ちを冷まさせて、御両親の元へお返しするべきだって‥‥‥」
 「しかしそれはあの子は望んでいない」
 「ええ。僕も出来ないです。彼女と離れるなんて。
  こんな‥‥、こんな彼女の事を抱き締める事も出来ない体になってしまったのに
  それでも彼女を離せない。
   遠い先か近い先か、僕を亡くして独り残された彼女の苦しみは容易に想像出来るのに、
  それでも彼女に居て欲しい自分のエゴを捨てきれない!。
  最後の最後まで彼女にはそばに居て欲しい‥。それがリールーを苦しめる種になっても、
  それでも‥‥!!。
   でも‥‥‥僕が死んだ後の彼女の幸せも願ってる。そう成れるようにしてやらなきゃ。
  大事な人だからこそ‥それも心から思っているのに!」

 矛盾する二つの気持ちに挟まれてクリフトは絞り出す様にオスカーに葛藤をぶつけた。
少し興奮した事で肩を上下に揺らしながら、苦しそうな表情で胸を押さえた。
 オスカーはリルヴェ−ルとクリフトにまるで昔の自分とグレイシャを重ねる思いだった。

 「‥‥‥‥いいんじゃないか、矛盾したままでも。それが今のお前の正直な気持ちなら」
 「‥‥オスカーさん‥」
 「結局は男なんてエゴの塊だからな‥。欲しいものは欲しい、それで苦しむ人が居ても」
 「それが大切な人でも?」
 「そうだ。‥‥あの子が欲しがっているものはたった一つ、真実だけだ。
  自分を気持ちよくさせるていのいい言葉じゃなくて、
  たとえ傷付いてもお前の本当の気持ちを知りたがってる」
 「‥本当の気持ち‥‥」
 「お前があの子を愛しているか、いないか。それだけがあの子にとって重要な事だ。
  その答え次第でどんな苦しみも、あの子の心に痕を残さないだろう。」
 「もちろん愛してる!。でも‥‥」
 「だったら、あの子にそう言ってやれ。
  そんな下らない事をうだうだ悩む暇があったら、もっとあの子を愛してやれ」
 「でもこんな体で、一体何が!?」
 「何も抱き合うだけが愛情表現じゃない。確かに一番分かりやすく手っ取り早くもあるが。
  愛してる事を伝えるなら、他にも色々方法はある。
  ‥‥‥‥‥もっとあの子を大事にしてやってくれ‥」
 「‥‥オスカーさん‥‥‥」

 オスカーは視線をクリフトからはずしていた。窓の外に目を向け外の動きを眺めている。
ベッドの中のクリフトの視線を感じながらふと‥‥、自分に対しての笑いが込み上げて来て
ついそれが口に出てしまった。

 「?」
 「‥‥いや、すまん‥‥。説教臭くなってしまったな‥‥。俺の方が年下の筈なのに‥」
 「そうですね‥‥」

 オスカーの言葉を聞いてクリフトにも笑いがこぼれていた。
そう、確かにオスカーよりもクリフトの方が実年齢は上になるのだが、
クリフトもリルヴェ−ルの小さな頃のオスカーの話を聞いていたせいか、
どうも敬語が口から離れなかった。

 「ただいまぁ!」

部屋の戸が勢いよく開かれてリルヴェ−ルが昼間の占いの仕事を終えて帰って来た。

 「おかえり」
 「おかえり」
 「なあに?、二人して楽しそうに‥‥。何の話をしてたの?」
 「いくらお嬢ちゃんでもそれは教えられないな‥。男同士の話だからな‥」
 「ええ〜〜。意地悪しないで教えてよ、クリフト」
 「ダメダメ、オスカーさんも言っただろう?、男同士の話だって‥」
 「何よぅ!。二人して意地悪なんだから!」

 リルヴェ−ルは子供のように頬を膨らませて台所へと向かった。オスカーは窓を全開にさせて
外の風を家の中に入れると、その風に乗って緑の匂いが部屋の中に広がっていった‥‥。






††††††††††††††




Bye Honneybunch





 「ただいまー」

 明るいリルヴェ−ルの声とは裏腹に家の中は静まり返っていた。いつもならクリフトと
オスカーの出迎えの声があるはずなのだが……。
クリフトは具合が悪いと寝入っている時があるので、リルヴェ−ルはさして気にも止めずに
手に持っていた荷物を机の上に置くと寝室へと向かった。
ドアに手をかけようとした瞬間、ドアは静かに開かれて中からオスカーが現れた。

 「なぁんだ、いるんじゃない…。クリフトは?」
 「………ああ。……中で眠っている…」

 妙に真剣なオスカーの顔に気付かず、リルヴェ−ルはクリフトが眠っているベットの横まで
移動し、静かに眠る夫の頬にキスをした。

 「ただいま…、クリフト…」

しかし唇にあたった頬はまるで氷のように冷たく、キスをした時に耳にかかる寝息もなかった。

 「………クリフト?」
 「…………お嬢ちゃんが出かけて2〜3時間経った時だった…。
  急に発作を起こしてそのまま………。誰かを呼びに行く暇もなかったよ……」
 「……そ……んな………」
 「”お嬢ちゃんを心の底から愛している……。その事を伝えて欲しい…。”
  それが最後の言葉だった……。……最後は…、まるで眠るように穏やかだったよ…」
 「……………………………………」

 リルヴェ−ルの顔を見るのが恐かったオスカーは、閉めた戸に寄り掛かり言い難そうに
溜め息を交ぜながらクリフトの遺言となった言葉を伝えた。
リルヴェ−ルは冷たくなったクリフトの頬を撫でながら、オスカーの言葉を
聞いているのかいないのか……。
やがて部屋の中に沈黙が流れ、それに耐えきれなくなったオスカーは自ら口を開いた。

 「…………………お嬢ちゃん……?」
 「…大丈夫だよ……。いつかこんな日が来るのは…、彼が寝込んでしまった時から
  覚悟してきた事だもん………。大丈夫………、取り乱したり…しないから…」

 ”大丈夫”。そんな言葉はただの強がりである事は、オスカーは解り切っていた。
だから喉元まで出かかったその言葉を飲み込んだ。
しかし、”大丈夫”だと自分に言い聞かすようにその言葉を繰り返すリルヴェ−ルに
オスカーは昔の自分を重ねる思いだった。
 大丈夫でない事など、自分が一番わかっている…。だが、下手な同情は貰いたくない。
自分でも整理し切れないこの…言い様のない気持ちを、判った振りをして代弁されたくもない。
だから強がって回りの人間を遠ざけた。しかし…1人になれば弱さを抑えきれない…。
 オスカーはリルヴェ−ルの背中に静かに近付くと顔を見ずに、子供の時によくした様に
頭を抱いてそのまま自分の胸の中に埋めた。…くしゃっと髪を撫でて黒髪の中に唇を沈める…。

 「……街まで少し出かけてくる…。俺が戻ってくるまでいいコにしているんだ…。いいな?」
 「…………………うん………」

 胸に抱きしめたリルヴェ−ルを離すとまた静かに部屋を後にし、音を立てずに戸を閉めた。
リルヴェ−ルを独りにするのは少し不安だったが、
クリフトをこのままにしておく訳にもいかなかった…。











 街に降りたオスカーは一番に教会へと向かい、神父にクリフトの死を伝えると
急ぎの葬儀を頼み、他の店に寄る事もなくリルヴェ−ルの待つ家へと戻った。

 家についた時は時間は30分と進んでいなかったが、玄関の戸を開けると
オスカーは驚きを隠せなかった。
玄関先にまで立ち篭めるスープの匂い……。台所から聞こえる食事の支度の音…。
オスカーが急いで台所に向かうと、オスカーの帰宅に合わせてリルヴェ−ルが皿にスープをよそっていた。

 「………何……してるんだ……」
 「…何って、夕食の支度だよ?。………簡単なものしか出来ないけど…食べよ?」

 席についたオスカーはこんな時でさえいつものように振るまい、街であった出来事を話す
リルヴェ−ルに違和感を感じずにはいられなかった。

 「リルヴェ−ル、さっき街の教会に行って来た。明日クリフトの葬儀をしてくれるそうだ」
 「……………………………」
 「…………………ふぅ……」

オスカーは溜め息をつくと持っていたスプーンを机においた。

 「………もう勘弁してくれ、お嬢ちゃん…。喚き散らされる方が幾らか楽だ…。
  我慢して無理をする事はない…。泣きたいなら泣いてもいいんだ……」
 「大丈夫だって言ってるじゃない!!。私の気持ちなんか判りもしないくせに!!」

 リルヴェ−ルは乱暴にスプーンを叩き付けると、席を立って裏口から外へと飛び出して行った。
倒れた椅子もそのままにオスカーはリルヴェ−ルを追って外へと走った。
 細く長い月のせいで薄暗い夜の景色にリルヴェ−ルの黒髪は同調して見えなかったが
闇の中でわずかな光を受けて光る白い肌が、リルヴェ−ルの存在をオスカーに知らせた。
オスカーの足は易々とリルヴェ−ルに追い付き、前に回り込むとその腕を掴んだ。

 「確かに!、今のお前の気持ちは俺には判らない。…わかってもらえない事が
  今のお前を辛くさせているのなら、俺が全部聞くから全部話してくれ…!。
  だがこれだけは知っていて欲しい……。大事な人を亡くした気持ちなら俺にもわかる。
  ……俺も遠い昔に大切な人を亡くしたから………。
  悲しみに沈んだ俺を救ってくれたのは……、女王陛下の…アンジェリーク様の御言葉だった。
  記憶を失って苦しんでた俺に、その言葉を再び教えてくれたのはお嬢ちゃんだったじゃないか!!
  ……その言葉を、お前は忘れてしまったのか?」
 「……なによ………。泣いたって何も変わらないじゃない!。
  そんな事したところで…クリフトが戻ってくる訳じゃ………!!」
 「違う!。俺はどん底の悲しみの中から抜け出す力を持っていた。
  自分の弱い気持ちと、素直に向き合った時にそれを知ったんだ…。
  ……リルヴェ−ル…お前は強い子だ。お前もその力を持ってる。だが今のままじゃダメだ」
 「………オスカー……」
 「…大事な人を失って泣く事は恥ずかしい事じゃない。だから………泣いてもいいんだ…」

 オスカーは掴んでいた腕を強く引き寄せてリルヴェ−ルを抱きしめて、優しく背中を撫でた。
オスカーのシャツを強く握り締めたリルヴェ−ルから、切なげに声が上がるのに
そう時間はかからなかった。やがて、たがが外れた様にリルヴェ−ルは哭き始めた。
オスカーは腕の力を緩める事なく、小さな体を抱きしめていた…。

 「……今は出口がないように思えても…いずれ悲しみも晴れる時が来る……。
  そうなれば楽しかった事しか思い出せなくなるさ………。
  だから………今は好きなだけ泣け……。気が済むまでいくらでも………」

 泣き喚くリルヴェ−ルの声は、ざわざわと蠢く大木の木の葉の音にかき消されて
細い月の光る夜空へと吸い込まれて行った……。





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