ラブ・パニック



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 その日は木の曜日。ジュリアスはいつもと変わらない時間に目を覚ますと身支度を済ませ、
ディアと共に向かい合って朝食をとり、宮殿へ向かうため馬車に乗り込み、
ディアがそれを見送りに屋敷の中から出てくる‥‥‥という、
さして変わらないいつもの光景だが、ディアのその手には可愛くラッピングされた小さな小箱があった。
それだけがいつもと違う光景‥‥。

 「ジュリアス‥‥これを」

 例えるなら、マスクメロンの網のようなまぁるい籠をピンクとブルーのリボンで飾り、
その結び目の部分に白い花をさしてあるそれは、ディアの手からジュリアスの手へと渡された。 

 「あぁ、そうか。今日は14日であったな」
 「えぇ。毎年の事でかわりばえしなくて申し訳ないですけど‥‥。
  お茶の時間にでも召し上がってください」
 「うむ。ありがたく頂くとしよう」

 花びらがこぼれるようなディアの笑顔は、朝っぱらからアツアツな空気を二人の間から醸し出していた。
(いつもの顔に比べて)にやけたようにジュリアスの顔が一瞬くずれて、
その光景を眺めていた屋敷のメイド達はくすくすと込み上げる笑いを堪えるのに必死だった。





思えばそれは、14日の騒動の始まりだった。






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 「ジュリアス様、失礼します」
 「あぁオスカー待っていたぞ」
 「申し分けありません。書類をまとめるのに少々手こずりました」
 「かまわぬ」
 「‥‥‥‥‥‥」
 「どうした?報告を‥‥」
 「はっ!申し分けありません」

 毎日のようにジュリアスの所を訪れているオスカーはその日、明らかにジュリアスの執務室で
浮いている小包を目敏く見つけた。
惑星へ視察に行った時の報告をしながら、視線はちらちらとその包みに向けられる。

 (‥‥ディアからのバレンタインプレゼントか。きっとまた菓子だろうがあの場所は‥‥‥‥)

 一通り報告を済ませたオスカーは、それとなく話をしてみることにした。
ジュリアスはディアの事になると、いつもからは予想だにできず双子の別人かと
思うほどの反応を見せる。小さな子供をからかうようで、オスカーはジュリアスにディアの話は
極力しないように心掛け、それが避けられないときは言葉を選んで話をしていた。

 「ジュリアス様。あそこにある小包みはディアからのものですか?」
 「あ‥‥ああ」
 「毎年の事ですがディアもまめですね。段々ラッピングもプロ並みのようですよ」
 「そっそうか?」
 「はい。ですが‥‥あの場所は‥‥いささか目立つと思うのですが」
 「目立つ?‥‥‥‥‥‥‥‥‥!。わっ私は別にそのようなつもりは!!」
 「は?」
 「別にっ見せびらかしたいとか!自慢したいとか!そのような思惑で私があそこにアレを置いていると!
  そなたはそう言いたい訳か!?」
 「いいえ!そんなつもりはございませんし、そのような事も微塵も思っておりません!!」
 「なら今の言葉はどういう意味だ!!」
 「いえ‥‥ですからあの〜〜」

 ジュリアスは顔を赤くしたまま目尻をつり上げていて、いつもの冷静さはどこへやら‥‥
というほどに興奮していた。

 (この方はいつもそうだ。事ディアの話になると途端に言葉の端々にあらぬ思い違いをして
  血圧が上がるんだ。綺麗に言えば純情なんだな)
 「オスカー!!」
 「はいっ!。あの‥‥何でもありません。今の言葉はお忘れください。では、失礼します」

 オスカーは早々にジュリアスの元を立ち去った。
オスカ−が出ていった後も、ジュリアスは一人でぶつぶつ言っていた。
まるで自分自身に言い訳でもしているように‥‥。

 「何が悪いと言うのだ。物を置く場所にあれを置いて何がまずいとでも!?」

 少しして落ち着くとジュリアスはまたいつものようにペンを走らせ始めた。






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 少し経って時計の針が十二時を指すと、ペンを置いて席を立ち昼食を取るためにジュリアスは部屋を出て行った。
いつものように歩いていると、ふと呼び止められて振り返り、すると相手は自分の使う執務室付きのメイドだった。

 「なんだ。何用か?」
 「あの!お呼び止めして申し訳ありません。これを‥‥!!」
 「!」

 そのメイドが差し出したものは、可愛くラッピングされた小さな包み‥‥。
いくら恋愛行事に疎いジュリアスも、今日プレゼントを貰うことがどういう意味を持つのかは
知っていたので、それを受け取る事を少しためらったが、

 「あの、特に深い意味があるわけではないんです。いつもジュリアス様の事は尊敬しています。
  その気持ちです。受け取って貰えるだけでいいんです!」

 顔を赤くしながらしどろもどろに、そう言う姿に受け取れないとも言えず、受け取るだけ‥‥それでよいならと
ジュリアスはそれを受け取った。すると彼女は泣き出しそうな程に喜び「ありがとうございます」と
深く頭を下げてその場から立ち去って行き、ジュリアスはその後ろ姿を静かに見送った。
 そして手元に残った包みをしばらく見つめて、また歩き出したのだが、不思議な事に
50mと進まぬうちに、また先程と同じような事が起きた。
ジュリアスの持つバレンタインの包みは2こに増え、しばらく歩くとまた増えて‥‥と
宮殿から一歩と出る前に、ジュリアスの両腕には抱え切れない程の包みが集まってしまった。

 「‥‥‥‥−ー?」

 奇妙な事も起こるものだ‥‥などと気楽に思いながらも、まとまったそれを部屋に一旦置きに戻ると
その戻る道すがらにも、バレンタインの包みを持った婦女子が次から次へと現れては、山となった
ジュリアスの両腕の包みの上に自分の物を重ね置いて、礼を述べては嬉しそうに去って行く。
さすがにジュリアスは不安になった。

 「14日はこのようなイベントのある日だったであろうか‥‥‥?」

 過去の2月14日を思い出してみるが、今日のような事体が起こった事など
ただの一度もない。記憶にない程忘れてしまうなど自分にはあり得ないし、毎年毎年
ディアからの手作りのプレゼントだけを貰っていたような気がする‥‥。
 それが何故今年に限ってこのような事体に陥るのだろうか?。
考えても考えてもジュリアスには心当たりなどはなかった。

 困惑の表情で歩いていると、やはり昼時に部屋を出てきたオスカーと出くわした。

 「ジュリアス様??」
 「オスカーか?」

もはやジュリアスは目前に立つ人物は、声でしか誰であるか判断できなくなっていた。

 「どう‥‥したのですか?それは」
 「‥‥うむ。下に降りるまでの間に貰ったのだが‥‥‥‥‥」
 「その量をですか!?」
 「ああ。それでこれらを置きに部屋に戻る途中なのだ。もう私は手が離せないから
  そなたが扉を開けてくれると助かるのだが‥‥‥」
 「はい。それくらいは構いませんが‥‥‥」

 オスカーは山のようなプレゼントを見渡しながら、何故今年に限って
ジュリアスがこんな事になっているのか、頭の中で推測していた。

 (きっと‥‥‥あの包みだな。ジュリアス様も‥何と言うか‥‥。隠しておけばよかったのに‥‥)

 オスカーの推測する所はこうだ。

 ジュリアスの部屋に置かれたバレンタインのプレゼント。
それをめざとく見つけたメイドはこう思う。
 「今年は受け取ってくださるかも。だって誰かから頂いたのをあぁやって置いてあるんだもの!!」
去年も一昨年もその前も、ジュリアスへのバレンタインのプレゼントは用意してあったのだが
普段のジュリアスの様子からはそういったものは、気軽に渡せるはずもなく、
しかも、それを直接渡せるのは執務中だけだというのに、真面目なジュリアスに執務中に
プレゼントを渡す事も出来ず、泣く泣く毎年自分で処理するしかなかったプレゼント。
しかし今年はすでに誰かからプレゼントを受け取っている。
 「ジュリアス様ならお一人だけのを受け取るなんて事は為さらない筈!!」
と、意気揚々と昼食に席を立った所を狙ってプレゼントを手渡した。
案の定、ジュリアスはそれを受け取り、喜びいっぱいのメイドはその出来事を同じジュリアス様ファンの
仲間に話す。そして「ジュリアス様は今年はプレゼントを受け取ってくださるらしい」とう話は
きっと光よりも早く、メイド達の間を駆け抜けて行ったのだろう。
そして、この始末。

 (‥‥‥そんなところかな‥‥。ならば、午後になって増々増えるかもしれないな‥‥。
  最初のディアからのたった一つを隠しておけば、避けられたのに‥‥‥。
  俺の言葉が足りなかったかな‥‥‥)

 オスカーの推測はほぼ当たっている。宮殿務めのメイド達は午後になって増々殺気立っていた。
今年はもう‥‥‥と諦めていた者も急ピッチでプレゼントを用意し、
ジュリアスに手渡すチャンスを廊下の影で伺っている。
 そのおかげでジュリアスは、ルヴァの所に話をしに行く度、ロザリアの所にお茶を誘われて行く度
部屋を出る事あるごとに、バレンタインのプレゼントを抱えるはめになったのだ。
 そうして執務時間を終える頃には1人では持ち運べない程の量になっていた。






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 「ジュリアス様?」
 「オスカーか。どうした?」

夕暮れ時のジュリアスの執務室に、ノックをして入ってきたのはオスカーだった。

 「いえ、明かりがついていたものでまだ仕事なさっているのかと‥‥」
 「そうか‥‥‥」
 「どうされたんですか?」

 こちらに背を向けて窓際に立っているジュリアスのところまで足を進めると、
その影になっていた可愛らしいプレゼントの山を見つけてオスカ−は驚きの声をあげた。

 「‥‥こんなに貰ったのですか?」
 「私の認識不足だろうか‥‥」
 「は?」
 「オスカ−、2月14日とは一体どのような日なのだ?」

そう尋ねるジュリアスの表情は真剣で、オスカ−はいつものまとめられた文章ではなく、
浮かび上がる言葉をつらつらと口にし始めた。

 「えっと‥‥バレンタインですよね。恋人同士の日というのが基本的なんですけど、
  恋人の居ない女子なんかは思いを寄せる相手に告白する打って付けの日ですかね」
 「告白‥‥‥‥」

ふっと影が落ちたジュリアスにオスカ−は慌てて言葉をつけたす。

 「あっ!でも、中には憧れの人へのファンレター感覚の人もいれば、いつも世話になっている人への
  感謝の気持ちというのもありますから、そう深くお考えにならなくても‥‥」
 「しかし心がこもっているならなおさら、無下にはできんではないか。やはり全て持ち帰ろう」
 「これを全部ですか!?」
 「あぁ。全てだ」

 ジュリアスは部屋に残っていた秘書に、何かこれらをひとまとめにできるものを‥‥と声をかけて用意させると、
一つずつそれを袋に詰め始めた。オスカ−はといえば、困惑した表情でそれを見ている。

 (これらを全部持ち帰ったらディアがどう思うか‥‥。しかし忠告はもうやめておこう。
  ジュリアス様だって子供ではないんだし、ご自分でどうにかできるだろう‥‥)

 「あ、手伝いますよ。ジュリアス様」
 「あぁ、助かる」

 (多分‥‥‥‥)

 まるでサンタクロースが担いでいるように大きく膨れた袋を、オスカ−が代わりに担ぎ
ジュリアスの馬車にしまい込んだ。一抹の不安を残しながらも、
夕陽の影に消えて行く馬車を、オスカ−はその後ろ姿が見えなくなるまでいつまでも見送っていた。






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