ラブ・パニック (続き)



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 そしてその5分後。ここは修羅場発生予定地(オスカ−予想)の光の守護聖邸。
家主の帰宅に数人の使用人が揃って馬車を出迎えた。もちろんディアも‥‥。


 「お帰りなさい、ジュリアス」
 「あぁ」
 「あら?その大きな袋はなんですか?」
 「‥‥先に着替えてくる。話はその後でもよいか?」
 「えぇ。それは構いませんが‥‥?」


 いつものジュリアスらしからぬ歯切れの悪さに、ディアは疑問を抱いたが
着替えた後で話をするというジュリアスの言葉に、彼が降りてくるまでおとなしく待つ事にした。






 「えぇっ!?これらを全部頂いたんですか?」
 「あぁ。今日は実に奇妙な日だった。心がこもっているなら事更放っておく訳にもいかぬだろう」
 「えぇ、それはそうですがこの量は‥‥‥」


 ディアは机の上に並べられたプレゼントの数々に目をやった。
くるりと視線を一周させて、再びジュリアスを見る。


 「あなた一人ではとても食べ切れませんわ。
  そうでなくても、とくに甘いものがお好きという訳でもありませんのに‥‥‥」


 ジュリアスは考え込んでしまった。オスカ−に心がこめられていると聞いたからには人にやる事もできず、
受け取った以上は人まかせになどできるものではなかった。
 しかし自分一人で食べるにしては多すぎる数は、食べ切るまで何日かかるのだろうか‥‥と
思わせる量だった。


 「ねぇ、こうしたらどうかしら?彼女達の気持ちはありがたくいただいておいて、
  このお菓子は屋敷の皆で美味しく頂戴する事にしましょう?」
 「しかし‥‥」
 「あなたが全てを一人で召し上がりたいというなら別ですけど」


 ディアにしてみれば珍しく冷たく言いはなったせりふにジュリアスは反応し、自分の右側にいる
ディアの表情を上から覗き込んだ。上方向から見下ろすせいか、目もとはつり上がり怒っているようにも見える。


 「ディ‥‥ア?」


恐る恐るかけた声に振り返り、こちらを向いたディアはいつも通りの優しげな表情になっていた。


 「‥‥そうだな。そなたの言う通り、皆で食べる事にしよう」
 「わかりました。では夕食の後にでも」


 そういって部屋にいたメイドに声を掛けてプレゼントの山を片付けさせると、
待ち兼ねたようにディナーの準備がされていった。





 そしてここはプレゼントが山づみにされたキッチン。
問題の山を前に使用人数人が眉間にしわを寄せながら困り果てていた。


 「どうするの?‥‥これ」
 「ディア様は夕食の後に出してって言ってたけど‥‥まずくない?それって」
 「‥‥ディア様の事だから修羅場にはならないと思うけど、さっきみたいな
  ぴりぴりした空気いやよ〜〜。ジュリアス様はどうして気がつかないのかしら?」
 「そういった感覚は鈍くていらっしゃるのよ。でなければこんなもの持って帰らないわよ〜」
 「どうするの?どうするの?」


 数人のメイド達はこぞっておろおろするばかり‥‥。
次第に人は増え、その山の回りには人垣ができていた。


 「私達だけで食べちゃおうか?」
 「え?」
 「ようはジュリアス様の口に入らなければいいのよね。
  なら夕食を終えられる前に皆で食べてしまわない?」
 「‥‥この量を?」
 「皆で食べればそうたいした量じゃないわ‥‥きっと」


メイド達の視線が一斉にプレゼントの山に向けられた。大ざっぱに見てもその数50はあるだろうか‥‥。


 「‥‥皆を呼んできて。ここにいる人数じゃ間に合わないわ」


 それを聞いてメイドの一人が外へと走っていった。残った者達は包装をはがしにかかる。
ジュリアスとディアが食事にかける時間は大体いつも90分程。
それまでにこれらを片付けなければならない。
使用人達の夕食は主人であるジュリアスのそれが済んでからが決まりごとで、夕食前なら‥‥と
軽く見た彼らは、10分と経たないうちに痛い目を見る事となった。


 「あたし‥‥もうだめ‥おなか苦しい」
 「えっ?嘘!まだ半分は残ってるのに」
 「俺だって甘いもの嫌いなのに食ってるんだから、も少し食えよ」
 「わしはもーちっとさっぱりしたもんが好きじゃのぅ」
 「あたし‥‥ダイエット中なのにー」
 「も少しって後どの位?」
 「せめて1/3位になるまで」
 「そんなに!?」


 使用人達はそろってそれぞれな事を口走りながら、手と口は止めないように頑張っている。
そしてタイムリミット‥‥‥







 「どうしたの、あなた達?デザートは?」
 「あっ!ディア様‥‥。あの申し訳ありません!
  みんなで少しつまんでたら‥‥その、全部食べてしまいました。
  何か代わりの物をすぐにご用意いたします」


ディアはぽかんと口を開けて、揃って頭を下げる皆を見渡していた。


 「あの量を全て食べてしまったの?あなた達だけで?」
 「‥‥はい」


 皆は頭を下げながらもどこかほっとした気持ちでいたのだが、
そんな事もわからないようなディアではなかった。


 「あなた達、そんなに甘いものが好きだったかしら。ヒューイ?」
 「はいっ?」
 「あなた確か甘いもの苦手だったと思うのだけど」
 「はい。あっいいえ。‥‥あの、疲れた時は甘いものがいいと言いますし‥‥」


ディアは心の中でくすくすと笑いながら焦る彼らをつついていた。


 「そう‥‥。あなた達がそれほどに甘いものが好きだったのなら、
  明日はチョコレートを使って何かケーキをつくろうかしら。
  こんなにたくさん食べれてしまうのなら少しくらい作り過ぎても大丈夫ね」


「チョコレート」「作り過ぎ」その二つのキーワードは皆の胸やけを呼び起こすのに十分だった。


 「うっぷ」
 「でも、そういう訳ならデザートの方はもういいわ。今日もご苦労様。食事をして休んで頂戴」
 「はい」


 そう言うとディアは厨房を後にした。
ついつい‥‥ではなく、意図的に皆が菓子を食べてしまったことは明白だったが
何故そんな事をしたのかはディアにはわからないままで、しかしあえて理由を聞き出そうとも思わなかった。









 様子を見て帰ったディアが部屋に戻ると、ジュリアスが食後のエスプレッソを飲み干したところで
カップを皿に戻したジュリアスは視線をディアに向ける。


 「どうしたのだ?」
 「いいえ。‥‥あのプレゼントの山、皆で食べてしまってもうないんですって」
 「あれを!?」
 「えぇ。全部」
 「そうか‥‥」
 「気のせいかしら‥‥。少しほっとしていらっしゃる?」
 「いやっ!そんな事は」


ジュリアスの慌てぶりを見てディアは笑いがこぼれる。


 「コーヒー、おかわりなさる?」
 「いや、もうよい」
 「そうですか。なら少しお話しませんか?」
 「あ?あぁ」


ディアは、互いに手を伸ばせば触れ合えるほどの大きさのテーブルの、ジュリアスの座る向かいの席に腰掛けた。


 「今日は一体どうされたんですか?あんなにたくさん頂いて来るなんて‥‥‥。初めての事ですよ」
 「あぁ。私にもわからん。何故今年に限りこんな事が‥‥」
 「何かなさったんですか?」
 「な、何か( ̄-  ̄?」


ディアの思わぬ問いにジュリアスは深く考え込んだ。


 「い‥‥‥や。思い当たる節は何もないが‥‥?」
 「でもおかしいですわ。今までは他の方に頂いても2〜3こでしたのに今年に限ってこんなに‥。
  しかも、全部お持ち帰りになるし‥‥‥」


ふぅ‥‥とディアは溜め息を一つ吐いた。


 「だが、オスカーがいうにはこれらには皆、気持ちが込められているというのならば
  そうそう無下にもできぬではないか」


ジュリアスは段々口調がいい訳じみてきているが、自覚はない。


 「それもそうですけど‥‥‥‥あなたにはお分かりにならないかも知れませんが
  女の子はバレンタインという日にとても賭けているんですのよ。
  好きな人に思いを告げられる日ですもの。だから、その気持ちに答えられないのならば
  プレゼントを頂かないのも、一つの優しさなんです。
  ‥‥‥それなのにこんなに頂いてくるし‥‥‥」


ディアはまた溜め息を吐いて、困ったように手を顔に当てた。


 「‥‥‥そうか。今日の一件は、この日にそんな意味があると知らなかった私の落ち度だ」
 「ええ、そうですわね。あなたはきっとそれを知らなくて受け取ってきたのだと知っていますけど
  だからといって、私が焼きもちを妬かないのとは違う話です」
 「ディア‥‥‥すまぬ」
 「もういいですわ。わかっていただけたのでしたら」
 「いいや、はからずもそなたに嫌な思いをさせてしまった」


ずうぅんと自己嫌悪に落ちるジュリアスを見て、ディアはくすり、と笑った。


 「ジュリアス?、‥‥‥キスしてくださいます?。もうそれで許してあげますわ」
 「ディア‥‥」


 ディアはそっと目蓋を閉じた。数秒おいて閉じた睫にジュリアスの金髪がかかり
唇にあたたかな感触が灯る。辿々しく口付けられたジュリアスの薄い唇は
ディアの桃色の唇を味わうようにかすかに動き、ディアは素直にそれを受け止めていた。

 暫く経って唇が離れ、見つめあう二人。どちらともなくその顔には笑みが溢れ
やがて、声を押さえきれずにくすくすと笑い声が部屋に響いた。
 それを聞いていたのは扉の向こうの使用人達。
胃もたれむかつきをこらえながら、主人の様子を伺っていたのだが二人の楽しそうな笑い声に
ひとまず胸をなで下ろし、苦労したかいがあってよかったと口々にそう呟いていた。














 次の日、ジュリアスはいつものように机に向かい執務をこなしている。
部屋を訪れたオスカーもジュリアスの様子に、昨日は上手くいったのか‥‥と
安堵の溜め息を漏らした。
 そしてお昼を直前に、ジュリアスの部屋をリュミエールが訪れる。


 「どうしたのだ?」
 「はい‥‥あの。昨日お出ししていなかった書類を御持ちしたのですが‥‥」
 「あぁ、そうか。そなたにしては珍しいな。まぁよい。貰おうか」
 「いいえ、私のではなく‥‥‥‥クラヴィス様の物です」
 「クラヴィスの?」
 「はい。‥‥あの昨日はクラヴィス様もその‥‥なんていいますか‥‥」
 「昨日?。昨日クラヴィスがどうかしたのか?」
 「あの、あの御方も決して悪気がある訳ではないのです。
  執務の事も決して軽んじている訳ではない事だけは、御理解して頂きたく‥‥」
 「ああもうよい!!。昨日あった事を正直に申せ!!」
 「はい。‥‥‥昨日、クラヴィス様は執務をお休みになられて
  こちらにはいらっしゃっておりませんでしたのを‥‥あの、御存じなかったので?」
 「なんだと!!??」


 思いもかけないリュミエールの言葉にジュリアスは額に青筋を立てて席を立ち上がった。
その様子は本当に恐かった‥‥と、のちのちのリュミエールは語っている。


 「それで執務をさぼってあやつは一体何をしていたのだ!!。
  リュミエール!!そなた知っているなら申せ!!」
 「はい。お体の具合でも悪いのかとお屋敷の方にお邪魔しましたら‥‥
  アンジェリーク様とお二人で過ごしていらっしゃいました。
  昨日はバレンタインだったそうで。聞くとバレンタインは恋人同士の日ですとか‥‥。
  それで、アンジェリーク様と1日お過ごしになられたそうです」


 ジュリアスは開いた口が塞がらなかった。リュミエールはもう恐ろしくてジュリアスの顔も見れずに
下を向いたまま、ジュリアスの机の上に昨日のクラヴィスの書類を提出した。


 「あのしかし、昨日の分はこうやって朝一番で手をつけられまして、今日の分と一緒に
  出来上がりましたので、わたくしがお届けに参ったのでございます。
  これは決してクラヴィス様に頼まれたのではなく、わたくしからジュリアス様の所に
  お届けいたしますと、申し出たので‥‥‥‥あの‥‥‥」


ジュリアスはまだ固まったままで‥‥‥


 「あの‥‥これで失礼いたしますっ!!」


 リュミエールは深々と頭を下げてそそくさと部屋を出て行った。
独り残されたジュリアスは、力が抜けたように椅子に座り込み、提出された書類に目を通す。


 「‥‥む。つまらん。完璧ではないか‥‥。これだけの力が有りながら何故いつも‥‥‥」


 そこで言葉がつまってジュリアスは溜め息を一つ吐いた。
いつもなら気がつく筈であるのに、昨日は隣人の留守に気がつかなかった。
それだけで、昨日自分がどんなに平常心を失っていたかがわかる。





 ジュリアスの心を惑わせるのは桜色の愛しい恋人。
彼女が少しでも関わると、ジュリアスはいつも慌てふためいて冷静な判断が出来なくなる。
彼女と接している時だけ、彼女の事を考える時だけ、ジュリアスは年相応の青年の顔になる。




恋は人を狂わせる。そんな話。








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やりました。なんとか期限の3月14日に間に合ってアップ出来ました。
ホッと胸をなで下ろしています。よかった〜‥‥‥。
最期はちょっとクラアンをだしてみたり。
名に実にこの二人ちゃっかりしてます。






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