昔話〜前風 01



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 初めて聖地に来た日の事を今でも克明に思い出せる。
私はかなり酷い格好だった。私を見るなり顔を引きつらせる人間のなんと多かった事か‥‥。
しかしそんな中でたったの二人だけ、私を見ても顔色一つ変えずに優しく笑いかけた人が居た。

 1人は女王陛下。私に向かって微笑みかけ、守護聖としてこれからの自分に期待している、と
暖かい御言葉をくださった。「期待」。こんな私に期待してくれると‥‥‥。

 もう1人は聖地に赴く前に、入院していた病院にまで来てくれた人物。
しばらくの間、私の面倒を見てくれた人だった。


 ‥‥‥‥少し遡って順をおって思い出してみる事にしよう‥‥‥






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 女王府は新たな風の守護聖を探し出すのに、過去これほどにないというまでの苦労をしたと聞いた。
それも仕方ないだろう。何せ私には戸籍がなかったのだから。
 私が生きてここに存在しているという事を証明するものが、何もなかったのだから。
先代の風の守護聖様が直々に私の中のサクリアを感じ取りながら、私を探し当てたという。

 当時私を所持していた男は、表向きはクリーンなイメージを持ったとある権力者だったが
叩けばいくらでもきな臭い埃の出る人物だった。女王陛下に要請されてかり出された
王立派遣軍のだした「強制調査執行書」にとうとう屋敷に部外者を踏み入れさせたのだ。

 その時私は通称「お仕置き部屋」の中に居た。
自分の生きる意味に迷いを抱えていた私は、仕事をしくじった罰として食事を与えられていなかったのだ。
1日2日所ではなく、一週間か2週間か‥‥‥あまりはっきりとは覚えていない。
窓のない部屋の中では、外でどの位時間が経っているのか解らなかったから‥‥。
灯りも射さないカビくさい部屋の中で、私は今までの短い過去を振り還っていた。

 何も考えずに言われた事だけをこなしていれば、最低限の食事と寝床は与えられていたはず。
なのに何故私は考えてしまったのか?。このまま人を殺める事を何故疑問に思ったのか‥‥。
 逃げて行くターゲットがスローモーションのように見えていた、が、なぜか体は動かなかった。
こんな仕打ちを受けても、後悔もない。
 このままミスを重ねれば、あの男は私を処分してくれるだろうか‥‥。
それもいいだろう。これ以上、嫌な思いをするよりはずっと気が楽だ。

 目を閉じて意識が遠のくのを待った。
その瞬間だった。
閉じていた目蓋の中からでも解るくらい、まばゆい光が私を照らして誰かが近付いてくる気配を感じた。
大きな腕に抱えられて、私はもう2度とそこに帰る事はなかった。






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 すぐさま病院へと送られた私に1人の見舞い客が居た。
柔らかな髪が、彼の人が歩く度にゆらゆらと揺れている。
消毒薬臭いベットに横たわる私に、彼の人は微笑みかけてくれた。あんなに優しい表情を見たのは
初めてだった。


 「初めまして、こんにちわ。気分はどう?」
 「‥‥‥‥‥‥ぁ?」
 「もう何も心配いらないよ。とりあえずは体を治そう。話はそれからでも遅くない」
 「‥‥‥‥どうして‥‥‥」
 「どうしてって、何が?」
 「自分をこんな所に‥‥‥?」
 「君が必要だからだよ。ずっと探してたんだ」
 「自分を探して‥‥‥?」
 「そうだよ。‥‥君の名前は?」
 「‥‥‥‥アイギス」
 「そう。アイギス、とりあえずゆっくりお休み。ここには君に悪意を持って危害を加える人間は居ないから。
  安心して眠っていいんだよ?」


 私の胸をぽんぽんと優しく叩いた彼の人の温もりが手の平から伝わってくるようだった。
彼の人の笑顔に私の警戒心は解されて、私は言われるままに眠りについた。






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 「まったく‥‥‥‥こんな事をする人間の頭の中は一体どうなっているんだろうな。
  この子の身体を見たか?!。同じ年頃の子供とこんなに違うなんて‥‥。
  ‥‥やりきれないね‥‥」
 「しかし、そんな状況から助けられたんですもの。あなたのおかげで‥‥」
 「私の体の中からサクリアは変わらず無くなっているのに、
  この子の体から感じるサクリアが微弱でおかしいと思ったんだ。
  陛下がこの子を見つけられないなんて、何が起こっているのかと‥‥。
  きっと風のサクリアがこの子を守ってくれていたんだな」




 ベッド横で交わされた会話の内容は私の理解を遥かに超えていた。
自分がこれからどうなるかと少々不安になったが、今までよりも悪くなる事はないだろうと、
私は覚悟を決めた。





 一夜明けて目が覚めると、彼の人と目があった。「おはよう、よく眠れたかい?」と
彼の人は言ったが、その言葉の意味がわからなくて、きょとんとした顔をしていると
黙り込んだ私に彼の人が‥‥‥‥


 「何?」
 「‥‥今のはどういう意味?」
 「え?」
 「お‥‥はよ‥‥うって」
 「どういう意味って‥‥‥‥まさか挨拶を知らない?」


 こくん、と頷いた私を、さも驚いたように彼の人は見ていたが
その視線に絶えられなくなって目を逸らすと、慌てて取り繕った。


 「ああ!違うんだよ。そうじゃなくてー‥‥えと
  大丈夫。知らない事は覚えればいいんだから。
  これから私が君の知らない事を沢山教えてあげるよ。だから大丈夫だからね。ね?」


 私はまたこくん、と頷いた。
その様子を見てほぅっと安堵の息を漏らすと、彼の人はベッド横の椅子に腰をかけた。


 「挨拶というのは、人と会った時に交わす言葉の事だよ。
  さっきの「おはよう」っていうのは、朝起きた時や一日の始めに会った人にかける言葉だよ。
  他にも色々あるけど、それはその都度教えていこうね。ところでおなか、空いてないかい?」


 私はふるふると首を横に振るった。
今なら解るのだが、あの頃の私には「欲」というものが全てにおいて欠けていたように思う。
しかも生きる事にさえ、執着を無くしかけた時に救われて、少し戸惑っていたのだ。

 血の匂いのしない綺麗な服に、カビの匂いのしない真っ白な布団に、埃臭くない部屋の中
まるで夢のようだった。






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 「そうだった‥‥‥。余りにも私が何も知らなさ過ぎたんであの人は毎日大変そうだった。
  一つ一つ、私が何故?と問う度に分かりやすい言葉を探して私にその意味を教えてくれた。
  それはとても根気強くね‥‥」
 「‥‥‥アイギス様‥‥」
 「お前に‥‥‥何所か似ている所があったよ、あの人は‥‥‥」
 「俺に?」
 「あぁ。お前に‥‥‥‥」


 そうたいして面白い話でもないだろうに‥‥‥、何故この子はこんなにも私の話を聞きたがるのか。
真剣に向ける眼差しがとても眩しい。まぁいいだろう。
もう聞きたくないと、この子が話に飽きるまで昔話を続けようか‥‥‥‥‥‥。
それに、自分の過去を一つづつ振り返る事は私にとっても、いい気持ちの整理になるだろう。


 「私は聖地に来て初めて”人間”になることができたんだ。
  自分で考え、物事を感じ、感情を表わす。‥‥最後のはまだ上手くないけど
  あの頃に比べれば大分上手になった方だ。
   私はね、女王陛下に心の底から感謝しているんだよ。
  陛下の為になら命でさえも惜しくない‥‥。そう思って今まで御仕えして来た。
  きっと下界に降りてもその気持ちは変わらないだろう‥‥」
 「‥‥‥俺もそんな風に思えるようになるのかな‥‥?」
 「お前が私と同じに思う必要はない。お前はお前らしい”風の守護聖”になればいいんだ。
  女王陛下に対するお気持ちも、私だけじゃなく他の連中でだって様々だ。
  ”こうでなくてはならない”などと言う事はない。‥‥そう捕われる事はない‥‥。
  お前の好きに‥‥‥‥思うようにしなさい。何かに縛られていたら”風”ではなくなってしまうよ」






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 病院を退院しても身体が本調子になるまで、私は屋敷から出される事はなかった。
その間に教わった様々な事を記憶し、私がここに連れてこられた意味も理解した。

 そして初めて他の守護聖達に会う事になった時、私は緊張で胃がキリキリと痛んでいたが、
他の守護聖様方は皆優しく、そう手酷い事はなかった。
ただ私と同じく守護聖になったばかりの炎のだけは、思ったままを口にしたが‥‥。





 「君の眼、なんかギラギラしてて恐い。爬虫類みたいだ」
 「‥‥‥‥」
 「こらっ!カディナール!!」


 そばにいた大人(後で知ったのだが炎の先代らしい)が私に一言謝ると「カディナール」と
呼んだ少年を連れて去っていった。


 「先生」
 「ん?」
 「私は恐いですか?」
 「う〜〜ん‥‥」


 私は先代の事を先生と呼んでいた。最初は名前で呼べと言われたのだが、
どうしてもできなかったので「先生」と呼ぶことにしていたのだ。

 先代は苦々しく笑って答えを言わなかったが、返答してもらえなかった事で、
カディナールが言ったことは本当なのだと知った。

 ギラギラしていて恐い‥‥‥‥。

 確かに私の目の色は綺麗な色とは言えないが、恐いという印象を人に与えるのはなぜなのか?
その時は分からなかったが、のちのちに知る事となった‥‥‥。






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 先代に教わりながら守護聖の仕事を始めた私の毎日は、今まで以上に覚えなければならない事の連続だった。
守護聖の持つサクリアが宇宙にどう作用するのか、またその中での風のサクリアの立場、1/3を占める
デスクワークなど‥‥。私は昼間は胃が痛んで食事もままならない程緊張し、夜はその反動か泥のように眠り、
深夜熱を出すことも少なくなく、変化した環境にまだ慣れていないだけだから心配ない‥‥と言う
医師の言葉も何回となく耳にしながらも、うなされる私を先代はいつも心配そうに眺め、終始側にいてくれた。

 その頃の私にとっては、守護聖で在る事以上に、朝起きて、夜眠り、毎日を笑いながら生きる
聖地での生活のほぼ中心に居る事がかなりの無理を強いられる事だったのだ。
 平穏に包まれている状態は、どうにもそわそわ落ち着かず、結果一日中緊張しっぱなしの毎日で、
様々なことを知る度に私は、以前の自分がいかに特殊な環境の中に居たのかを理解し、その都度
自分の罪深さを思い知らされた。
罪悪感と自己嫌悪で何度消えてしまいたいと思ったか知れなかった‥‥。






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 しばらく経って私は光の守護聖様と二人きりになった時があった。もちろん執務に関係してのものだったが‥‥。
その時言われた言葉は私の心に深く突き刺さった。


 「君はつまらない子だね。ここ聖地にきて一回も笑ってる所を見ないよ。守護聖で在る事はそんなに苦痛かい?」
 「いいえ‥‥。そんな事はありません」
 「じゃあなんで笑わないの?ここには楽しい事なんかない?何がそんなに気に入らないの?」
 「‥‥いいえ‥‥‥そんな事は‥‥‥‥」
 「その答えもどこか嘘っぽいんだよね。本心からじゃないでしょう」


 目頭がじんと熱くなって涙がこぼれそうになるのを堪えようと俯いた私の顔を、
覗き込むように屈んだ光の守護聖様の頭を後ろから叩こうとする手がちらりと目に入ったかと思った瞬間‥‥‥‥


ペシッ!
 「あたっ!」
 「何やってるんだ君は!!」


 光の守護聖様は後頭部に手を当てて声の主に目を向けると、そこには怒った様子の闇の守護聖様と、
呆れた様子の地の守護聖様がおられた。


 「こんな小さな子をいじめるんじゃない!!」
 「いや‥‥別にいじめてる訳じゃ‥‥」
 「そうでなくても、泣かせるんじゃないよ‥‥‥まったく」
 「知りたいことを率直に聞いたまでだ。毎日毎日、つまらなさそうな顔で暗いから‥‥」


 パシッと再び音が聞こえた。
地の守護聖様が私と同じ目線になるまで屈んでおられたので、その様子は見られなかったが
たぶん光の守護聖様が再び、闇の守護聖様に叩かれたのであろう。
小さな声でぼそぼそ‥‥‥と話声も聞こえた。


 「‥‥‥相手はまだ子供だぞ?。今までの事も聞いているはずだ。少しは思いやってやれ」
 「‥‥‥そんな事言っても‥!!」
 「‥‥‥人を思いやるのが君は下手なことはわかってる。だからせめて関わらないでやれ」
 「‥‥‥その言い方も酷くないか?」
 「‥‥‥今のこの子の状態では、君に合わせては貰えないよ。君も自分の言葉で人が傷付くのは嫌だろう?」
 「‥‥‥それはそうだけど‥‥‥‥」
 「あ‥‥あの」


ふいに私が声を出したことで、その場にいた3人共が一斉に私の方を向いた。


 「あの‥‥私なら大丈夫です。だから‥‥」
 「あぁ。大丈夫。二人は喧嘩している訳ではないからね。こう見えても仲良しさんなんだよ。二人は」
 「ウェルウァイン‥‥‥その「仲良しさん」ってのはやめてくれ」
 「けど、本当の事だろう?。間違ったことは言ってはいないよ」


 光の守護聖様と闇の守護聖様は、困ったような照れたようなそんな顔をされていて、
それを見ながら地の守護聖様はおかしそうに笑っていらっしゃった。
 そんな光景に私の気分も落ち着いたのだが、上手く笑うことが出来ずに
結局、皆様に気を使わせてしまった。

 自分でもどうしようもなかった。どうして自分はこんななのかも解らなかったしどうすれば
皆様に自然にとけ込めるのかも、解らなかった。



どこか嘘っぽい‥‥‥‥どうしてそうみられてしまうんだろうか。私は本当に聖地が気にいっていたのに‥‥。




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