風の種類



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




光を吸い込むような漆黒の髪。
それと対照的に透ける様な白い肌。
そして、ギラつく様なくすんだ碧色の切れ長の瞳に・
俺は背筋が凍った。
それがあの方と初めて会った時に感じた事だった。
「風の守護聖・アイギス様」に





 「お前がランディか」

 その声は俺の頭の中へと直接響いてくるように耳からするりと頭の中に入ってきた。
その鋭い視線に緊張はピークに達して、上手く言葉が口をついて出てこなかった。

 「‥あっ‥‥あの‥‥‥は‥‥」
 「?」

俺は改めて深呼吸をして、ゆっくりと話し始めた。

 「初めまして。ランディです」
 「アイギスという。現風の守護聖だ。お前の体の中にある風のサクリアを感じる事ができるか?」
 「‥‥はい、はっきりとは解らないんですが‥‥」
 「サクリアの捕らえ方はじきに慣れる。こつも教えよう。
  姑くは私の屋敷で寝泊まりする事になる。いずれお前の私邸になる建物だ。」

 俺はその日めいっぱい緊張していた。おとぎ話の世界、夢物語のような女王陛下の住まわれる
聖地。そしてその女王陛下を御守する守護聖に、自分がなるという
まるで、夢の中で手にいれた宝くじが現実にあたったような‥そんな浮き足立ったような‥‥
‥‥あまり上手く説明できないけど、とにかく酷く緊張していた。がちがちに。

 俺の先代にあたる風の守護聖様は男の俺の目から見ても、とても綺麗な人だった。
女っぽい訳じゃなくて、特に着飾っているわけじゃなかったけど、どこか
浮き世離れした綺麗さだった。
 初めて交わした言葉も、なんていうか‥‥俺をどう思っているのか解らなかった。
歓迎されているのか?、煙たがられているのか?。

 「なにしてる。早くついてこい」
 「はっはい!」

 まぁ、これから。これからさ。俺は今日初めてここにきたんだから‥‥。












 聖地に来て3ヶ月程たった。他の守護聖様とはまだ正式にはお会いしていない。
だけど、館に訪れる方々の中に挨拶を頂いた方もいた。
とても気さくな方で金の髪を後ろで一まとめにした、緑の守護聖カティス様。

 「やあ、ランディ」
 「こんにちわ、カティス様」


 俺の口からいうのもなんだけど、アイギス様は少し普通とは違うようだ。
ここでいう普通とは、3ヶ月前まで俺の居た世界、ここでいう「下界」の事。
あと一年もしないうちに、俺は正式に風の守護聖となり、アイギス様は下に降りられる。
だけど、その暮らしの中にとてもじゃないけど溶け込んで暮らせるとは思えない。
 カティス様はそんなアイギス様を心配してらっしゃるのか、よくお屋敷にこられる。
大きな笑い声が部屋から響いてくるのを、何度となく聞いたし、アイギス様も
表情にこそださないけど、そんなカティス様の心使いが嬉しいようだ。

 「たまには、君も一緒に飲むかい?」
 「え!?」
 「カティス!。ランディはまだ未成年だ。酒をすすめるな」
 「いいじゃないか。少しだけなら」
 「だめだ。今のランディにはアルコールは成長を妨げる毒に過ぎん」
 「お堅いな君は。‥‥仕方ない、また今度にな」
 「はい」


 アイギス様はカティス様と部屋の中に入っていった。
カティス様の笑い声は、結構夜遅くまで聞こえていた。






 「ふー」

 珍しく寝つけない夜にお屋敷の庭の草むらに仰向けになって、月を眺めていた俺は
カティス様を門の所まで送ったアイギス様に声をかけられた。
顔はうーっすらと赤くなっているが、酔った様子はない。


 「ランディ、そんな所で何をしてる」
 「あ‥‥すいません」
 「そんな薄着で‥‥風邪をひくぞ。‥‥‥もしかしてホームシックか?」
 「ちっ違いますよー!」
 「なら、うるさくて眠れなかったか?、すまなかったな」
 「いいえ!、そんな事ないです」

 アイギス様はだまって俺の横に腰をかけた。
何を喋る訳でもなく、夜風の音を聞きながら草むらに鳴く虫の声を聞いていた。




 「アイギス様、一つお聞きしてもいいですか?」
 「何をだ」
 「アイギス様は守護聖になる前は何をされてたんですか?」
 「‥‥‥‥‥ここに来る前か‥‥‥‥」


アイギス様はつーっと上を向いて月を仰いだ。


 「ここに来る前の私は、‥‥‥悲惨な暮らしをしていたな。
  およそ人間の暮らしとは思えない殺伐とした‥‥‥」
 「‥‥あ‥‥‥‥」

想像していなかったその言葉に俺は内心冷や汗を流した。まずい事を聞いてしまったかと‥‥


 「幼い頃から鍛えてきた剣術も闘う術も、人を守る為ではなく人を‥‥‥
  のし上がらせる為にだけ、使う事を許された。
  何が善い事で何が悪い事なのか、善悪の判断も麻痺して‥
  季節の彩りも何も目につかなかった。抜け出したくても逃げる事が出来なくて
  云われるままにずるずると罪を犯していたな‥‥‥‥」
 「アイギス様‥」
 「サクリアに目覚めて、女王府の人間が私を探し出してくれた時は心底感謝したよ。
  やっとこの手を汚さずに済むんだってね‥‥。
  あたたかなスープに、明るい部屋での食事、跳ね上がりそうなふわふわのベッド
  そのどれもが初めての体験で、最初戸惑いはしたがそれもすぐに消えた。
  陛下を御護りする為に役立つなら、血を吐く程にこの身を打ち付けた師匠にも感謝できる。
  ここに来てやっと、私は私の時間を手にいれたんだ‥‥‥」
 「‥‥‥‥‥‥‥」


 アイギス様の口からこぼれるアイギス様の過去。辛そうな過去の話もアイギス様はいつもの表情のまま
話されていた。馬鹿な事を聞いてしまったと、内心思いながらもその話を聞いて納得した事があった。

 (アイギス様は、だから‥‥‥笑うのが下手なのかな?)

 自然にこぼれる小さな笑みも、楽しい時に溢れる笑みも、アイギス様にはなかった。
しかし、その心の中はとても優しく暖かい方なのに‥‥‥。
 同情なんて出来なかった。アイギス様は今の御自分に満足されている様に見受けられたから‥。
夜の少し冷えた風をすって、アイギス様は立ち上がった。


 「酔ってしまった様だな。少し話し過ぎた。
  聞いていて楽しい話でもなかったな‥‥すまない…」
 「そんな事ないです。アイギス様の事が少しわかって嬉しいです、俺」
 「嬉しい?‥‥‥何故」
 「‥‥アイギス様の事尊敬していますから。
  だから、そんな大事な話をしてくれた事が嬉しいんです」
 「ランディ‥‥‥‥」

雲が流れてあてられた月の光に浮き出たのは、不器用に笑うアイギス様の滅多に見られない笑顔。


 「‥‥お前は素直で良い子だな。
  お前を今まで取り巻いていた人間達が、どんなにお前を大事にしていたかが解る。
  そんな人間がまわりに集まるのは、お前の財産だ」
 「財産?」
 「‥‥私がお前くらいの歳の時には私のまわりには、私を想う人間など誰もいなかった。
  自らが望んで得られるものではない。大事になさい」
 「??‥‥‥はい」
 「さぁ‥‥もう部屋に帰りなさい。本当に風邪をひく」


 俺は立ち上がって背中についた草を軽く叩いて落とすと、屋敷の中に戻った。
アイギス様はしばらく夜の風にあたって酔いを冷ましてから戻るとおっしゃったので
戸の鍵は閉めずに俺は2階の自室へと戻り、ベッドの中に潜り込んだ。








 この夜の事を、俺は今でも覚えている。
アイギス様に教わった事は、そう沢山はなかったけれどどれも大事な事ばかりだった。
あの夜のような、こんな月の出る夜はいつも決まってアイギス様を思い出している。
あの時のあの方はあーだったとか、今頃はどこで何をされているのかとか
思いは尽きる事なく、いまも風に吹かれて宙に消えていく。




 ”お前が、燦々と照りつける太陽の下を走り抜ける風なら
  アイギスは、夜の闇の中をさっと吹き抜ける風だった‥”




 後にカティス様がこう言われた。


 ”なるほど”と俺はうなずいて、もう居ないあの方に思いを馳せる。
あの時の不器用なアイギス様の笑顔と一緒に‥‥‥‥‥。














 余談だが、あの夜の次の日。
カティス様は二日酔いで執務を休まれて、首座の守護聖様にそれはそれは厳しくお叱りをうけたらしい。
カティス様は聖地では結構知られる”酒好き”な方だったのだが、アイギス様はカティス様を上回る

”うわばみ(大酒飲み)”だったらしい‥‥‥。




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