Fall In Love



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 ‥‥‥‥彼女と知り合ったのはいつだったか思い出せない。
夜の日課で毎日走っていたコースの中に、彼女の住む屋敷があった。
視線に気付いて見上げると、決まって彼女が窓際にたっていた。
次第に目と目で挨拶をかわすようになり、俺は立ち止まるようになり
彼女と言葉を交わすようになった。
彼女の名前はグレイシャ。
体が弱く1年のほとんどを部屋の中で過ごしている。
グレイシャと知り合って数カ月経っても、家族の誰かに
見つかった事も、見かけた事もない事を不思議に思っていたが
その理由は、彼女の言葉の節々から読み取る事となる。

 「いくら体が弱いからって、少しは運動しないと良くならないだろう?」
 「運動なんて出来ないわ。こうしてベットから出るだけでも疲れてしまうのに‥‥
 「家の中を歩くのでも少しは違うだろ」
 「部屋を出ようと思った事はないの。一応一通りの物は揃ってて、不自由もないし」
 「でも‥」
 「出れないのよ。ドアにはカギがかかってるもの」
 「鍵?」
 「内側からは開かないわ‥」

 俺は彼女の親を疑った。
彼女の家は、財界、政界にも響く名のある貴族だった。
体が弱く寝たきりのグレイシャを事を、外にもれないように閉じ込めていたのだ。
日の光もささない、北向きの部屋。
窓の外の巨木が、彼女を一層外界から遠ざけているようだった。

 「外に出たいか?」
 「そう思うのも疲れたわ‥‥」
 「そんな答えが聞きたいんじゃない。出たいと思うのか?思わないのか?」
 「‥そんな事聞いてどうするの?私はカゴの中の鳥と同じ。
  飼いならされた鳥は、外の世界では生きられないわ。
  ここを出たいとは思うわ。でもその先どうするの?。一人じゃ何も出来ないのに‥‥。
  ‥‥子供の頃に両親が話してるのを聞いた事があるの。
  「この子は二十歳まで生きられるかどうか」って‥。二十歳まで後二年‥‥。
  ‥‥後二年我慢したら終わるわ‥‥」

 彼女の言葉からは何の感情も読み取れなかった。
こんな体に生まれた運命に対する悲しみも、
こんな仕打ちをする両親に対する怒りも、死を迎える恐怖さえもなかった。
ただ一つ感じたのは、あきらめ。全ての事に対する絶望。
閉じ込められた空間の中で18年という時間が過ぎてしまえば
それも仕方ないのか‥‥。
あの頃の俺は、女性に対して特別な感情を抱いた事がなかった。
どいつもこいつも外見だけで俺を判断し、よってくる。くだらない‥。
肉体面での快感は分け合えても、精神面でのつながりなど持った事がなかった。
しかしグレイシャだけは別だった。
ただ単に他の男を知らないから、判断のしようがなかっただけなのかも知れなかったが。
彼女に対する不安定な感情が、恋や愛と呼ぶものだと気付くのは
もう少し後の事になるのだが‥‥。

 「グレイシャ。俺と一緒ならここを出るか?」
 「‥‥何言って‥‥」
 「お前がYasと答えるなら、連れ出してやる」

賭だった。
この誘いにのってこなかったら、これ以上彼女に深入りするのは止めよう。
彼女はもう、死を待つだけの人間なのだから‥。
しかし俺は心のどこかで知っていた。
彼女の瞳の奥深くに、小さいながらも消える事なく、炎がともっているのを‥‥。

 「‥‥‥本当に連れ出してくれるの?‥‥」
 「ああ。俺も一緒にいる」
 「‥‥連れ‥てって‥。ここから、出して!!」

 彼女の悲痛な叫び。ずっと口にするのを我慢していたんだろう。
ハッキリと言葉にした途端、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ出した。
俺は彼女を連れて逃げた。軍に移転願いを出し、その土地を遠く離れ
小さな村に移り住んだ。村の中心から少し離れた小高い丘の上の家。
そこが、俺とグレイシャの新しいはじまりの場所だった。






††††††††††††††



First Love





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 彼女と暮らしはじめて1年が過ぎた。
使う間もなく貯まっていった多額の貯金と、
少ないながらもまわってくる仕事のおかげで、金銭面では困る事なく続いている。
彼女の体調も驚く程回復し、簡単な家事をこなすようになった。
ただ料理は苦手らしく、それは俺の担当だが‥。
料理は嫌いな方ではないし順調に日々は過ぎている。ただ一つの事を除いては。

唯一残った問題とは、‥‥‥いわゆる‥‥その‥‥夜の営みというやつだ。
ここ一年で、俺も彼女もお互いの気持ちを確認しあった。
俺はもう一歩先の関係へ進みたいのだが、そんな俺の心を知ってか知らずか
彼女は俺の隣で、穏やかな寝息をたてて眠っている。
何度寝込みを襲ってしまおうか、と思ったか知れない。

…彼女も俺の事を好きでいてくれる。きっと拒みはしないだろう。
 むしろ待っているかも知れない。やってしまえ。

という欲望と、

…彼女の体の事を知っていて、なんて事を考えるんだ。俺は。
 グレイシャがもっと元気になればイヤって程できるじゃないか。
 それまで待つ事も出来ないのか。

という理性。この二つが入れ代わり立ち代わり、俺の心を支配していた。
‥‥はっきりいって、疲れた。これ程に精神を消耗したのは初めてだった。

 「‥オスカー‥‥。オスカーったら‥」
 「!ああ。ごめん。何の話だっけ?」
 「さっきから呼んでたのに、どうしたの?具合悪い?」

そう言って彼女が心配げに俺の顔を覗き込む。
こんな淫らな事を考えているとは、思いもしないだろう。
この瞳に見つめられると、いつも欲望を押し殺してしまう。
18年間、かごの中で育った彼女にとっては、外の世界の物は全て
初めての物ばかりだった。そう言った男女の関係を知っているかどうかも怪しい‥‥。

 …もう少し、待ってみるしかないか…










仕事に出かけた彼の背中を見送りながら、私は大きなため息を一つついた。

 「疲れてるのかなぁ‥。私の事まで全部まかせっきりだもの‥。
  美味しいものとか作ってあげたいけど、一人の時に刃物と火を扱うと
  後で怒られるのよね‥‥」

 それでなくても、彼は何をやらせても完璧で皿洗いや部屋の掃除でさえ
私から頼み込んでやらせてもらってるものだった。
その時、一つの案が頭に浮かんだ。
彼に何かプレゼントをしようかな。街へは行った事ないけど
彼がいつも買い物に行ってるし、彼が戻る前に帰ってこれればだいじょうぶよね。







 一人で訪れた街の中で私は初めて見る人の多さに圧倒されていた。
目に写るもの全てが珍しく、色んなものがあり過ぎて何がいいのか迷うばかり‥‥。
きょろきょろとあたりを見渡すと一つのお店が目にはいった。
古いものから新しいものから、たくさんの小物が置いてある雑貨屋だった。

 「いらっしゃい。何をお探しかな」
 「‥あの‥‥えっと‥‥」

私は思いきって彼の事を聞いてみた。
彼を知っていれば何かアドバイスをしてもらえるかも知れない。
だけど返ってきたのは意外な答え。

 「お嬢ちゃん、奴に気でもあるのかい?あの軍人はやめといた方がいいよ。
  奴がこの街にきたのは1年ぐらい前になるが、
  ちっともここに馴染もうとしやがらねえ。それにあの顔だ。
  街中の女が興味を持って近付いたが、皆こっぴどくふられたよ。
  うちの孫も泣かされて帰ってきた。ここじゃ「鉄仮面」とか呼ばれてるぜ」

信じられない。私の前じゃ笑顔のたえない彼が鉄仮面?想像出来ない。

 「プレゼントぐらいじゃ振り向かねえよ」
 「‥‥あの、一緒に暮らしてる彼に何か上げたいんですけど‥‥」
 「なんだそうかい。それを早くいっとくれよ」

 色々説明してもらった結果、銀のロケットペンダントを選んで
中にありったけの思いを込めてメッセージを書いた。
選ぶのに時間がかかってしまい、外はもう赤く染まりはじめていた。
早く戻らないと彼が帰ってきたしまう。だけど‥‥。

 「どしたいお嬢ちゃん。顔が真っ青だよ」

私は疲れてへたり込んでしまった。めまいがして立ち上がれない。

 「‥あの‥町外れの丘の上の家が私の家なんです。
  彼が帰ってきてるとおもうんで、呼んできてもらえませんか?」

「丘の上の家」その言葉でご主人は彼が「鉄仮面」だという事に気付いたようだった。
ご主人のお孫さんの介抱を受けて、叱られるのを覚悟しながら
彼がくるのを待つ事になってしまった。






 「グレイシャ!!何してるんだ。こんな所まで一人できて。どれだけ心配したと思ってるんだ!!」
 「‥‥ごめんなさぁい‥‥」
 「ったく」

 そういうとオスカーは馴れた手付きで私を軽く抱き上げた。
オスカーの肩ごしにぽかんとした顔でこっちを見る二人と目があった。

 「まってオスカー。お二人にとてもお世話になったの」
 「あぁ。すまなかった。彼女が色々迷惑をかけて」
 「ありがとうございました。また改めてお礼にきます」

そう言い残して私達は店を後にした。
私達が帰った後二人の間でされた会話の内容は、その後の私達の環境を
大きく変えるものとなった。

 「なんだお前、今まで散々な事いってたくせに‥」
 「だって!彼女いるって知らなかったもん。おじいちゃんだって」
 「フン。あんな顔もできるんじゃねえか‥‥」
 「‥‥うん。彼女の前だとあんな顔するんだ‥‥」






††††††††††††††



Love Is Blind





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 グレイシャを迎えにいったその帰り道、俺は一言も口を聞かなかった。
まったく、姿が見えなくてどれだけ心配したと思ってるんだ!!
どこかで発作を起こして倒れてるのかと思えば、街まで一人で買い物だと?
そのイライラが彼女にも伝わっているらしく、ずっと俺の顔色を伺っている。
家についたらみっちりと釘をさしておかなければな‥‥。

 「グレイシャ、何故こんな事をしたんだ?一人で街に行くなんて。
  確かに体は回復してはいるが、まだ独りで歩きまわれる程じゃないだろう?
  必要なものがあれば、俺が買ってくるから‥」
 「それじゃだめなの。これはどうしても一人で行かなきゃならなかったんだもの‥」
 「そこまでして一体何を買ったんだ」
 「目をつむって。オスカー」
 「え?」
 「いいから早く」
 …何なんだ?いったい。…

 グレイシャの手が顔の横を通る気配がした。次に首元に冷たい感触。
そして小さい金属がこすれる音。

 「はい。どうぞ」

首元を探ってみると、燃える炎のようなモチーフが彫られた銀のペンダント。
中には彼女からのメッセージが書かれていた。

 「‥‥これは‥‥?」
 「いつも私のせいで疲れさせちゃってるし、元気出してもらおうと思って
  プレゼント。‥‥‥気にいってくれた?」
 「ああ、もちろん。しかしこんな無理しなくても気持ちだけで良かったのに‥」
 「ううん。私がしてあげられる事なんてなんにもないんだもの。
  だからせめて気持ちを形にしたかったの。
  ‥でも、よけい心配させる事になちゃって、本当にゴメンナサイ‥‥」

 俺の為にしてくれた事を知って、俺は彼女に対する気持ちが
一気に膨れ上がるのを感じた。抑えきれない程に‥‥。








 「もう謝らなくていい。別に怒ってる訳じゃない。心配だっただけだから‥‥。
  でも、何も出来ないって事はないだろう?グレイシャにしか出来ない事もある」
 「例えば?」

オスカーの顔が近付いてきて、私は目を閉じた。いつもと違う深くて甘いKISS。

 「グレイシャ‥‥君が欲しい‥‥」
 「いいよ。私にあげられるものなら‥‥」

 オスカーの大きな手が、シャツの下をくぐって直接肌に触れてきた。
唇が口元から首筋へと流れて、発作とは違う動悸がした。
初めて感じる不思議な感覚。だんだんと頭の芯がぼうっとしてくる。
彼の手が触れたはしから、そこが熱を持っていくような感じ。
アイスブルーの瞳がジッと私を見つめている。
そのほほにそっとふれた手を握り返してKISS。
まるで雨が降るように彼がKISSをしてくるたび、
私の体は火がともったように熱くなっていく。もう何も考えられない‥‥。
そして彼は、私に沈んだ‥‥。










 「ねえ、オスカー。あなたずっと私とこうしたかったの?」

突然の質問に、オスカーは下心を見抜かれたようで焦った。

 「今朝の様子がおかしかったのも、もしかしてこの事だったの?」
 「‥ああ。でも、君の体の事を考えると‥‥その‥どうしても言えなくて」
 「あなたはいつも私の事を先に考えてくれて、我がままも聞いてくれるけど、それって嫌々?」
 「そんな事はない!君の我がままを聞くのは楽しいよ。喜ぶ顔を見るのは嬉しいし‥‥」
 『だったら、その気持ちを私にも教えて?
  私の事なんか考えてられないくらい、我がまま言ってよ。できるだけ聞いてあげるから」
 「そんな事言ったら、毎日のように抱くかも知れないぞ」
 「フフッ。いいわよ。体がもつ限りつきあってあげるから」

 そういうと、グレイシャはオスカーの胸の中に顔を埋めた。
自分に全てを預けて安らぐグレイシャが、オスカーはたまらなく愛おしかった。
自分と言う人間をこの小さく細い体で、精一杯に受け止めてくれる。
オスカーは、彼女が壊れてしまわないように、守るように抱きしめて
眠るのが好きだった。グレイシャにしてみれば「暑い」と不評なのだが‥‥。

 …ま、こういう時ぐらいは我慢してもらおう。…

その夜、オスカーは久しぶりの深い眠りについた。






††††††††††††††



Loveaffair





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 プレゼントの一件以来、二人の周りは著しく変化していた。
雑貨屋の主人の孫娘の「ココ」がグレイシャを訪ねてくるようになった。
どうやら二人は友達になったらしい‥‥。
それまで冷たい態度だった街の連中も、一変してくだけた態度になった。
急な変化にオスカーは戸惑うばかり。

 …なんか嫌な感じだな。連中、俺の事を嫌ってたんじゃなかったのか?
  それに妙なうわさも出回ってるし。‥‥まぁ出所は想像つくが。
  あのおやじ、どんなうわさを流したんだ?…


 順調に流れ出した生活とは裏腹に、
グレイシャの体はこの頃からおかしくなっていった。初めは気付かなかった。
しかし、ただの風邪と思っていた微熱と咳がなかなか抜けなかった。
ベットから出るのもかなりキツイ様子で、週に3日は寝込んでしまう様になった。

 「グレイシャ。あまり無理をするな。ゆっくり治せばいいんだから‥」
 「うん。でも大丈夫。今日は結構調子いいみたい。
  それよりオスカーこそちゃんと休んでるの?顔色あんまり良くないよ」
 「そうか?」
 「あ!待って。今日はあたしがお茶、いれてあげる」
 「え?」
 「いいから座って」

そういうと彼女は慣れない手つきでお茶を入れてもってきた。

 「どうかな?」
 「ああ。おいしいよ」

確かに今日は体調がいいようだ。少しだが頬に赤みがさしている。
久しぶりの彼女との会話を楽しんでいたが、そんな俺を急に眠気が襲ってきた。
確かにここのところ寝不足ぎみだったけど、こんな急に眠くなるなんて‥‥。
頭がぼーっとしてきて、グレイシャの話にも集中できない。
とうとう俺は我慢できずに、机に顔を埋めるように眠ってしまった。
‥夢も見ない、深い眠りへ‥









…こん、こん
 「ココ!いらっしゃい、さぁ入って」
 「どお?あの薬効いた?」
 「うん。ばっちり。ごめんね、変な事頼んじゃって‥」

 グレイシャはオスカーが最近ほとんど眠れていないのを知っていた。
数日前に、真夜中にひどい発作が起きてとても大変だった事があった日から
オスカーは夜もあまり寝ずに、グレイシャを看病していたのだった。
そんな日が、もう一週間ばかりも続いている。
何度大丈夫だと言っても、聞きもしないオスカーに業を煮やし
ココに睡眠薬をこっそり頼んだのだった。

 「ホントにのませたんだ。結構やるんだね」
 「彼には言ってないの。起きたらごまかすからうまくあわせてね」
 「おっけー」
 「じゃあ、彼をベットに運ぶの手伝ってくれる?」


 「‥‥ん‥‥‥う‥ん‥‥。」
 「おはよ」

オスカーはまだ寝ぼけていて状況を判断できていない。

 「さっきまでココが来てたんだけどね‥。
  ねえ、夕食作っていってくれたから食べない?お腹すいてるでしょ」
 「‥ゆうしょく‥。(確か眠ってしまう前の記憶ではまだ昼前だったはず‥)」

窓の外をみてみると、陽はとっくに落ちている様子で月明かりが照らしていた。

 「‥俺‥‥。」
 「すごい疲れてたのね。泥みたいに良く眠ってたよ。
  私の事を心配して夜中起きていてくれるのは嬉しいけど、
  こんなになる前にちゃんと休んでね。あなたの事とても頼りにしてるんだから」

 オスカーはまだ完全に起きてはいなかったが、今のグレイシャの台詞に
何か引っ掛かるものを感じた。
 …私の事を心配して夜中起きていてくれるのは嬉しいけど、
  こんなになる前にちゃんと休んでね。あなたの事とても頼りにしてるんだから。…

 「グレイシャ。俺が夜中起きていたのを何故知っているんだ?」

瞬間、グレイシャが固まった。

 「確かに俺は夜中起きて、またお前が発作を起こしてないか見てたけど
  ちゃんと眠っているかどうかは確かめなかった。お前、ちゃんと寝てるのか?」

 オスカーは完全に疑いの目でグレイシャを見ていた。
グレイシャは動揺しきっていて、口を開く事が出来なかった。
ひらけば何を言っても、言い訳になってしまう。
嘘をつけないグレイシャの無言の返事が、オスカーの疑いを確信に変えた。

 「グレイシャ!!」
 『だって!!。‥‥こわいんだもの‥‥」
 「こわい?」
 『目をつぶるのが恐い。1度目を閉じてしまったら、もう二度と目覚めないような気がして‥‥」
 「グレイシャ‥。俺だって体調のいい時もあれば悪い時もある。
  焦らないでゆっくり時間をかければ、じきに良くなるさ」
 『そんな心にもない事言うのは止めてよ!!
  体調が良いとか悪いとかそんな事じゃないのはあなたも解ってるはずよ!
  あたしの体は少しづつ元に戻りはじめてる。あなたとあった頃に。
  これからはあの頃よりもっと悪くなる一方なのよ!!」
 「グレイシャ‥‥‥」

グレイシャはそれまで笑顔の下に隠していた不安を、一気に爆発させてしまった。

 「私、あなたを知る前は体の事なんてなんとも思ってなかった。
  単調な毎日から解放されるんなら、死は待ち遠しいものだったわ‥。
  ‥でも今は、あなたがいてくれるから‥死ぬのが‥‥怖い。
  楽しい事も、嬉しい事も、独りが寂しいって事も、全部あなたが教えてくれた。
  一度意識を失ってしまえば、もう二度と目がさめないのかもって思うと
  夜が恐い。
  あなたのそばにいたい。
  あなたの隣でずうっと年をとっていきたいの‥‥‥」
 「グレイシャ‥‥」

 オスカーは、今にも不安に潰されてしまいそうなグレイシャを強く抱きしめた。
グレイシャが打ち明けた不安、恐怖はそっくりそのままオスカーの恐怖でもあった。
どんなに強く抱きしめていても、泡のように消えてしまうのか?
どんなにそばにいたくても、引き離されてしまう時がくるのか?
そんな事考えられない!彼女がそばにいない事など。
でも信じられない。グレイシャとの幸せな未来を。
「死」という黒い煙りのような恐怖が、二人の足下をおおいはじめていた。






††††††††††††††



Love Token





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 「‥‥オスカー。‥‥抱いて?」
 「何言ってるんだ。できる訳ないだろう、こんな時に」
 「‥ねぇ」
 「だめだ!。どうせ妙な事考えてるんだろう。
  恐いのは俺も同じだ。また元気になったらいくらでも抱いてやるから」
 「今がいいの!」
 「だめだ!!。少しは俺の事も考えてくれ!。俺だってお前を失うのかと思うと恐いんだ。
  それこそ夜も寝ずにお前の寝息を聞いていないと安心できない‥‥。
  お前を失って、独り残されるんだぞ?」
 「ばかね。だからよ、オスカー。一生分、愛してあげるから‥‥。
  淋しくないように私の全部を注いであげるから。
  今この時だけでも、体だけでも一つに繋げてよ。離れないように‥‥」

 オスカーは、いつの間にか流れ出ている涙を止められなかった。
次から次へと溢れる涙が、グレイシャの涙と混ざりあって狂ったように彼女を求めた。
彼女の言う様に身体だけでもつなぎ止めておきたい。
グレイシャの息づかいも、甘い声も、流れる汗も、熱く火照る身体も
全てを身体に刻み込むように重なりあった。

グレイシャも不安の全てを消し去るようにオスカーを受け入れた。







 …今だけは何も考えない。
  炎が生まれてくる様なこの熱さだけが生きているという印。
  彼の炎をこの身に受け止められる今だけが、生きる証。
  今感じるのは彼の激しい鼓動だけでいい。
  私の全てをあなたにあげる。私を内側から感じられるように‥‥。






月明かりが静かに枕元を照らしている中、二人は何度も何度も混ざりあった。






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Start For Eternal Love





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 「え?なんだって?。」

突然の見知らぬ訪問客。予想もできない話に俺はつい声をあげて聞き返した。

 『オスカー、どうしたの?』
 「何でもないよ。‥‥‥‥‥‥すいません、ちょっと外で話せます?」

俺はグレイシャの耳に話が入らないように、客を外に連れ出した。

 「あなたも軍人なら宇宙を支える女王陛下の話は聞いた事がありますよね。
  陛下を御支えする守護聖様が、近々守護聖の座を御降りになる事になりまして
  つきましてはその後継者にあなたが選ばれたのです」
 「俺が?」
 「はい。陛下や守護聖様が御持ちになっている御力を「サクリア」と呼ぶのですが
  座を降りられる守護聖様のサクリアが、少しづつあなたの中に
  受け継がれているので、これはあなたの意志に関係なく
  乱暴な言葉を使えば強制的なもので、すぐにでも聖地においで頂きたく‥‥」

 急な話。聞くところによると聖地という所は、こことは時間の流れが違うらしく
向こうの一時間が、こちらの一日とも一年ともいわれている。
グレイシャを置いてそんなところいける訳がない。
しかし俺も軍人のはしくれとして、事の重大さは解っているつもりだ。
断る事など出来ないだろう‥‥。

 「あの、今一緒に暮らしている彼女が持病でもう永くないみたいなんです。
  俺の大事な人で独りでなんて逝かせたくないんです。
  せめて最後まで側で見守ってやりたい‥‥」
 「‥‥‥それは我々には判断しかねますので、一度戻って判断をあおいできますが
  聖地には必ず来て頂かないと、果ては宇宙の危機にも繋がりますので‥」
 「ええ。それは解ってます。だけど今は少し時間をもらえませんか?」











 「なんだったの?今の人たち」
 「ああ、軍の上層部の人だよ。情報が外にもれないように口頭で用事を伝える事もあるんだ。
  なんでもないよ」
 「そう」

 彼女は日が経つにつれどんどん衰えていった。
はじめのうちは見るのも辛かったが、
当の本人が体調とは裏腹にとても明るかった。
自分の心の中に閉じ込めていた不安や、恐怖の全てをぶつけたあの日から
彼女の中で何か変わったのかも知れない。

 「何か食べれるか?」
 「うん。果物が食べたい。すっぱいものがいい」
 「すっぱいもの?前は苦手だったのに、最近よく食べるな。食べ物の好みが変わってないか?」
 「この頃ずうっと胸の中がムカムカしてるから
  さっぱりしたのもがいいんだ。結局いつも後で吐いちゃうけど‥‥」
 「そんな事気にしなくていい。今剥いてやるから。」

俺は彼女の目の届く位置で数種類のフルーツを剥きはじめた。
部屋の中に甘酸っぱい柑橘系の香りが立ち込める。
ふと、グレイシャが口を開いた。

 「‥‥‥オスカー‥。あたしがいなくなったら<他の人を好きになっていいからね‥‥」
 「何言ってんだ、急に」
 「あたしを幸せにしてくれたように、また別の人を幸せにしてあげて。
  でも別の人が見つかるまでは、あたしの事を追い出さないでね」
 「お前の他に俺に付き合えるようなやつがいたら……の話だな。
  でも当分の間は、俺の心の中はお前だけの居場所しかないから
  下らない事は心配しないでいいぞ。」

 そういうと剥き終わったフルーツをグレイシャに出した。
体調の悪化に反比例するように旺盛になった食欲は
あっという間に皿のフルーツを平らげた。








 風で雲が早いスピードで流されていく日だった。
その日から3日と経たずにグレイシャは深い眠りについた。
もう二度と目覚めない深い眠りに‥‥。






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Repeat Love





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 「だ〜か〜ら〜、アンタはここじゃプレーボーイなんて呼ばれてるけど
  じつのところ、女の子に本気になってないのよ。い〜っつも軽く遊ぶ感じでさ‥。
  いや、遊ぶってよりからかうってえの?」
 「飲み過ぎだぞオリヴィエ。悪酔いする程飲むなよ」
 「しっつれ〜ね!アタシのどこが酔ってるって言うのよ」
 「そういう台詞は酔っ払いの常套句だ。ったく、ロザリアとうまくいかないからって、
  その度にに飲みに来るのはよせよ」
 「るっさいわね〜。愚痴ぐらい聞きなさいよ。減るもんじゃなし」
 「からむなよ」


 オリヴィエがロザリアに気があるのを俺が知ってから
何かある度に、こいつは俺の私邸を訪れるようになった。
たまにはのろけ話しを聞かせに、そして今夜みたく愚痴をこぼしに、と。
まあ、他のメンバーから考えれば
こんな話ができるのは、俺の他にはいなさそうだが。


 結局今夜も俺はベットをとられて部屋を追い出される羽目になった。
夜風にあたって少し酔いをさましながら
さっきのオリヴィエの言葉が頭をよぎる。


 …アンタはここじゃプレーボーイなんて呼ばれてるけど
  じつのところ、女の子に本気になってないのよ。
 「あいつ、前から勘がするどい方だとは思っていたけど、結構よくみてるんだな‥‥」


 ふと胸元に手を当てると、あのころのままのペンダントが
夜風に冷えて冷たくなっていた。
中を開くと未だに色褪せない彼女のメッセージがある。





 …LOVING YOU MY DARLING〜
  〜愛してる。私の愛しい、愛しいあなた…

 「確かに人肌が恋しくなって、目の前のレディーに気をとられる事はあるが
  まだ当分の間は、俺に恋は必要無いな‥。
  お前が俺の中に残してくれた愛がまだ残ってるから‥‥な」


 外見だけなら彼女よりきれいな女性はたくさん見たが
内面で俺を引き付ける女性には未だ逢っていない。
俺の心の中にはまだ彼女が住みついている。


 「だから言っただろう。下らない心配だと‥」


 俺が聖地を去る頃には、幾度となく輪廻転生をくり返したグレイシャの魂に
もう一度会える日が来るんだろうか。
我ながらこんな不確かなものを心待ちにするなんて子供みたいだな。
でも悪くない。たった一つの初恋を貫き通すのもな‥‥‥。







「永遠」という言葉を知っている。
不変に変わらぬもの‥‥。
色褪せないもの‥‥。
消えてなくならないものの事だ。

それを‥‥‥


俺は知っている。





■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■END




お疲れ様でした。ここまで読んでくれてありがとうです。
なんだか別人28号の様です。「グレイシャ」というのはオリジナルです。
みなさん好きな名前に置き換えて読んでもらってかまいません。
私の中ではオスカーは一人の人を一途に愛してる人のようなイメージがあるので
こんな話になりました。オスカーの性格からして、ただ別れるとも考えられない。
そうすると追っていけない所へ彼女が行ってしまった。
となるとやっぱりこんなかな、と。






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