KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ごく普通の家族の夕飯時。妻は子供達をお風呂に入れて、夫はソファでテレビのニュースを見ながらコーヒーのカップに手を伸ばす。
やんちゃ盛りの二人の子供達は、風呂から上がると濡れた体のまま家の中をばたばたと走り回り、
妻はタオルを抱えて二人の後を追う。そんないつもの光景にも目もくれずに夫はソファに座っていた。
「こぉら!!風邪引くでしょ?さっさと拭いて着替えなさ〜い!」
一人捕まえ、また一人捕まえる。がしがしと髪を拭いてやりながら、妻はちらりと視線を夫に向けた。
こちらの様子もテレビのニュースもまるで頭に入っていない様にぼーっとしている。
(…一体、いつ話してくれるのかしら…。)
夫がここ数日、何かに悩んでいるのは知っていた。
分かりやすい人だし僅かな仕草でそれは分かる。
妻は溜息を一つ吐いて子供達に寝間着を着せていたが…。
「……ア、アンジェリーク。ちょっと話があるんだが…」
「!、はい。なぁに?」
後は子供達に任せて、妻・アンジェリークは夫の前のソファに座った。
言いにくそうになかなか喋り出さないのをじっと待っている。
夫はやっと重い口を開いた。
「あ〜、その、なんだ。……実は、…新しい宇宙の事はお前も知っているだろう?」
「えぇ」
「その新しい宇宙の守護聖に……その、オレが選ばれたらしくてな…」
「はい??」
「その新しい宇宙、「聖獣の宇宙」の聖地に赴かねばならなくなったんだ」
「えっ?」
「数日前にルヴァ様がいらしてな、お話を聞くうちにオレも心を決めた。
どれだけ役に立てるかは分からんが、必要とされているのであれば
それに答えようと思うんだが…」
「ルヴァが……?で、私達は?」
「ここと聖地とでは時間の流れが違う……。
ま、その辺の説明はオレよりお前の方が知っているだろう。
できれば、一緒に来て欲しいとは思うのだが…」
「もちろんよ!離ればなれなんて嫌よ。私達も一緒に行くわ」
「お前にとっては二度目の聖地での暮らしだ。いいのか?」
「イイも悪いも、私達家族でしょ?家族は一緒にいなくちゃ…。
一緒に行くわ、ヴィクトール」
「そうか…。よかった」
すっきりと話を終えて満足そうな表情をした夫・ヴィクトールはソファを立って子供達の元へ向かった。
ソファに一人残り、ヴィクトールが子供達と接している風景を眺めながら、アンジェリークは頭の中で考え事をしていた。
聖地での暮らし。今までは家族とは離れて一人で赴くのが習わしだった。
まさか、取り残される側になろうとは…
運命ってのは皮肉なものだと、溜息をつく。ヴィクトールは連れて行くつもりでいるし、自分もついて行くつもりではあるが、
一抹の不安も拭いきれない。それを払拭するためにアンジェリークはあるところに電話をかけた。
翌日、アンジェリークは女王府に連絡を入れて聞いたルヴァの宿泊しているホテルにやって来ていた。
連絡はルヴァの耳にだけ秘密裏に入っているはず。案の定、普段着に身を包んだルヴァがホテルのロビーで待っていた。
「ルヴァ!」
「アンジェリーク!まぁまぁ、久しぶりですねぇ〜。元気そうでなによりです」
「ふふ、貴方は変わらないわね。と言っても私が聖地を去ってから
まだ1年も経っていないのでしょう?変わらないのも当たり前か…」
「そうですね〜。貴方は顔つきが少し丸くなりましたかねぇ」
「やだ!?太ったって事??」
「いえいえ、違いますよ。なんか、こう雰囲気がね、優しくなったと言うか……。
まぁ、立ち話もなんですから」
そう言ってルヴァはアンジェリークに座る事を勧めた。椅子を引いてやり彼女が腰掛けると自分も向かいの席に腰を掛ける。
にこやかな笑顔を顔に浮かべて、昔と変わらないその表情にアンジェリークは少し懐かしさにかられた。
「それで本題なんだけど、昨日ヴィクトールから話を聞いたわ。
詳しい話が知りたくて…。貴方の知っている限りを教えて」
「そうですか…。あのですね、新しい宇宙にも最近やっと生命が誕生しましてねぇ…
それで今までの様に、女王と補佐官だけではどうにも限界が見え始めたんですよ。
やはり宇宙の育成には守護聖の存在も必要不可欠ですからね。
それで、伝説のエトワールに選ばれた少女が、
聖獣の宇宙の守護聖の捜索と説得を続け、
そしてヴィクトールが地の守護聖候補として名が上がったのですよ」
「地の守護聖??ヴィクトールが??貴方と同じ……?」
「いえいえ。同じではありますけれど司るものは微妙に違うのですよ。
私が司るものは「知恵」ですが、ヴィクトールは「護り」を司ります。
それには「礎」を護り抜く…という意味があるのだそうです」
「護り………」
彼らしいそのサクリアに彼女は納得した様に頷いて一つ息を吐いた。目線を上げてルヴァを捉え、
「で、ルヴァ…。問題はここからなの。私達家族は……?」
「あ〜、その心配は最もです。何しろ前例がありませんからねぇ…。
しかし幼い子供から父親を奪うような事はあまりしたくないのですが、
こればかりはどうしたら良いのか…」
「駄目と言われてもついていくわよ?無理だと言うならどんな手を使ってでもね。
彼は私がやっと手に入れた大切な存在だもの…。失うなんて、考えられないわ」
神鳥の宇宙の先代女王であるアンジェリークだ。「どんな手」と言わず、彼女がそうしたいと言えば
女王府はそれを拒めはしないだろう。こんなにも強く彼女が望むのであればなおさらだ。
彼女が女王時代に残した功績は偉大なもので、ある意味それは新しい宇宙を育成するよりも難しく、
危険と隣り合わせの問題を彼女は見事に解決させたのだから、彼女のどんな要望も叶える責任がある。
「大丈夫ですよ。きっとね。私からも声をかけてみましょう。
問題ないとは思いますが」
「ありがとう!ルヴァ!」
「あ〜、ところでアンジェリーク…。
貴方の聖地での事はヴィクトールはまだ知らないのですか?」
「えぇ。知らないわ」
「そう…ですか……。まぁ、聖獣の宇宙ですし、
貴方を知るものは誰もいないですからね。
問題ないとは思いますが……」
「そっか……。誰もいないのね。そうよね。神鳥の宇宙じゃないのですもの。
……そうよね」
アンジェリークは今さらに気付いた事実に何度も頷きながら呟いていた。
顔を隠す必要が無い。過去さえ明かさなければ普通に暮らせる。聖地で。ヴィクトールと子供達と共に。
やがて訪れる未来に希望を寄せて、アンジェリークはルヴァに笑顔を向けた。
「ありがとう、ルヴァ。安心したわ」
「いえいえ。貴方の不安を取り除けて良かったですよ。
向こうではたまに一緒にお茶でもできるといいですねぇ」
「そうね。その時は是非呼んでよね」
「はい。是非」
アンジェリークは席を立って、ルヴァと一度抱擁を交わすとそのままホテルのロビーを後にした。
晴れた表情で歩道を歩きながら家路を急ぎ、家族の元へと帰っていった。
|