秘めた想い



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 うつらうつらと、アンジェリークが目を醒ました時、そこには
部屋の花瓶に花を活けているディアの姿が目に写った。
その横顔は初めてみるものであった。


 「‥‥‥ディア」
 「アンジェリーク!!」
 「どうしてここに?」


アンジェリークはか細い声で訪ねた。


 「どうしてって‥‥、あなたが倒れて入院したって聞いたから!。
  それより具合はどうなの?。苦しい所はある?」
 「いいえ。‥‥もう大分気は楽よ。あなた‥‥‥ずっとここに独りだった?」
 「ええ。ヴィクトールならホテルに帰したわ。大分疲れているみたいだったし‥‥」
 「‥‥‥‥」


アンジェリークの返答をディアは疑問に思った。


 「ヴィクトールの事じゃないの?。ここには私しか居ないけど‥‥」
 「違うわ、いいのよ。それにしてもヴィクトール帰っていなかったのね。
  昨日の夜、ホテルに帰って休んでくるように言ったのに」
 「医者や看護婦の方達の話では、彼はずっと部屋の前を動かなかったそうよ。
  あなたが運び込まれた時から、片時もあなたの側を離れなかったって‥‥」
 「そう‥‥‥‥‥」


 アンジェリークはふと体を起こそうとして、全身に痛みが走った。
ここ3日ずっとこの調子で、無理に体を動かしては自分が怪我をしている事を思い出す。
自分の体の感覚が鈍っていて、痛みを自覚出来ていなかった。


 「だめよ、まだ動いては。ゆっくり休んで早く良くなってね」
 「そんなに心配しないで、ディア。確かに体はおかしくなってるけど
  気分はとっても清々しいのよ。きっと夢見が良かったのね」
 「夢?」
 「‥‥‥ええ。夢の中でちゃんと別れを言えたわ。もう、本当に大丈夫だから」


 そういってアンジェリークはディアに向けて自然な笑顔を見せた。
ディアは涙まじりに笑いながら、彼女の口に水を含ませて喉の乾きを潤した。


 「それにしても、どうして教えてくれなかったの?。体調が良くない事を‥‥」
 「私だって、これほどまでとは思わなかったんだもの。
  女王試験を始めた頃からだったわ、体の異変に気付き始めたのは‥‥。
  最初はね、朝になっても前の晩の疲れがとれてなくって、おかしいな‥‥って位だったのよ。
  でもその時はまだサクリアがあったから、それが私を支えてくれてた。
  疲れは日に日にたまる一方だったけど、我慢できないほどじゃなかったわ。
  貴女達に気付かれないように振る舞う事も出来たしね。
  ‥‥‥でも、実際に女王を交代してサクリアが失われていくと、思ってた以上に辛かったわ。
  まるで、サクリアだけじゃなくて私の生命力までもが、消えて失くなっていくようだった」
 「アンジェリーク‥‥。もう何も無理する事はないんだから、ゆっくり休んで‥‥」
 「ええディア。そうするわ‥‥。さすがに今回は無理をし過ぎたって思うもの‥‥」


 アンジェリークはゆっくりと又まぶたをとした。胸の上にあるディアの手の僅かな重みが
とても安心し、再び眠りの中へと落ちていった。






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 一ヶ月が経ち、アンジェリークはやっと独りでベッドから起きあがれるようになっていたが
しかし相変わらず疲労は向け切っておらず、医師の頭を悩ませている。
薬も点滴もあまり効果を為していない事や、じっと養生していれば他の患者に比べて
かなり遅いスピードだが回復に向かっている事から、かねてからの彼女の申し出であった
退院を許可する事になった。
 しかし絶対安静が義務付けられ、そこはヴィクトールにまかされる事となり、
ディアは滞在期間を終えて渋々ながらも聖地に戻っていった。



 「待ってヴィクトール」
 「はい。何でしょうか」
 「車椅子なんていらないわ。自分の足があるもの」
 「しかし‥‥‥」
 「大丈夫よ。もし辛くなったら無理をしないであなたに言うから‥‥‥ね?」
 「‥‥‥‥‥ではおっしゃる通りに‥‥」


 ヴィクトールは不安ながらもアンジェリークの言葉通り、退院する際に病院側から
貸し出された車椅子を車に積み込むのを止めた。

 ホテルについて荷物を全てホテルマンに渡し、後部座席のアンジェリークの手を引いて
ヴィクトールはゆっくりと彼女の歩くスピードに合わせて歩き始めた。
 アンジェリークも最初のうちは自分の足で歩く久し振りの感触を楽しんでいたようだったが
やはり途中で立っていられなくなってしまった。


 「大丈夫ですか?。やはり‥‥‥」
 「平気。車椅子は嫌。‥‥‥ヴィクトール。お願いしてもいいかしら?」
 「は?」





 ヴィクトールはアンジェリークを抱えて階段を慎重に昇っていった。
その肩に顔を埋めながら、アンジェリークは安らいだ表情を見せていた。


 「もう少しでお部屋につきますので、御辛抱ください」
 「全然大丈夫よ。何だかお父様に抱かれていた子供の頃を思い出すわ」
 「御父君の?」
 「ええ。兄妹は他にも居たけど、娘は私1人だったからとても可愛がってくれた。
  年の離れたお兄様達にもよく抱き上げてもらったのを覚えてる‥‥」


 ゆらゆらと揺られながらアンジェリークは瞳を閉じた。
微かに聞こえるヴィクトールの息遣いと、鼓動。人の温もりというのはどうしてここまで
心を落ち着かせる事ができるのだろう。

アンジェリークの部屋に辿り着いて、ヴィクトールはまずベッドルームへと向かったが‥‥


 「まだ横にならなくちゃいけない程体は辛くないから、リビングの方に座らせてくれる?」
 「解りました」


 ヴィクトールはリビングの窓際の方にあるふかふかのソファにアンジェリークを降ろした。
ヴィクトールの首から、絡めていた腕を解くとアンジェリークはホッと一息ついた。


 「変な気分ね」
 「何がですか?」
 「ここはまだ一ヶ月程しか経っていないホテルの借り住まいなのに
  帰ってきたような気がして、とても落ち着くわ」
 「そうですか、それは良かったです。病院の方が何かあった時安心なのですが、
  やはり気が落ち着かなくて‥‥。どうしてなんでしょうかね」
 「それは私も同じだったわ。私が思うに、あの白い壁がいけないと思うの。
  ピンクとかブルーとか、もっと可愛い色にしたらいいと思うのよね。チェックの壁紙とか」
 「病室にピンクのチェックですか?」


アンジェリークの言葉に、ついヴィクトールは笑いをもらしてしまった。


 「ヴィクトール?」
 「すみません。ちょっと想像できなかったもので」
 「そんな笑う程子供っぽいかしら?」
 「いいえ。いいと思いますよ。本来病室は病気や怪我で落ち込んだ雰囲気になりがちですから
  明るい色に囲まれていれば、気分も少しは明るくなるでしょうね」
 「本当にそう思って言ってる?」
 「ええ。ピンクのチェックは私は遠慮したいですがね」


 ヴィクトールは笑いながらアンジェリークの入院していた時の荷ほどきを始めた。
ホテルマンが夕食を載せたワゴンを押しながら入室し、リビングの大きなテーブルの上に料理を並べ始める。
そしてもう1人が、その脇で器にスープをよそったり、グラスに飲み物を注ぎ支度を済ませ
テーブルの上がきれいにセッティングされると、二人のホテルマンは部屋を出ていった。



 「では食事にしましょうか。食べられますか?」
 「ええ。凄くお腹ぺこぺこよ。手を貸してくれる?」


 アンジェリークが差し伸べたてをヴィクトールはとって、優しくその手を引いた。
まだ心もとない足取りながらも、一歩一歩しっかりと踏み締めて歩くアンジェリークの背中に
そっと片手を回して、食卓の椅子まで歩いていった。

 ”独りで食事をするのは嫌い”というアンジェリークの言葉で、ヴィクトールは
ここに来てから夕食を独りでとった事はなかった。
 今では当たり前のように、アンジェリークの部屋に二人分の食事が並べられる。
向かい合って食事をする事の楽しさを、ヴィクトールは彼女と過ごす毎日の中で思い出していていた。






 「明日の朝また伺います。お休みなさいませ」


 アンジェリークをベッドに寝かしつけて、部屋を去ろうとしていたヴィクトールを
アンジェリークが呼び止めた。振り返ったヴィクトールにアンジェリークは
真顔でこんな事を言い出した。


 「お休みのキスは?」
 「はっ????」


 ヴィクトールは予想だにしないアンジェリークの台詞に変な返事をしてしまった。
その様子をみてアンジェリークは、堪えきれずに笑いが込み上げた。


 「じょーだんよ。おやすみなさい」









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 アンジェリークが退院してから数週間。ヴィクトールはどうもふに落ちない事があった。
何故アンジェリークの体は、ここまで弱々しく、そして治りも遅いのか。
これでは日常生活にさえ異常をきたしてしまう。こんな体調で聖地でどのような仕事についていたのか。
詮索する事すら許されないとわかっていながらも、一度湧いた疑問はなかなか消えてはくれなかった。

 ヴィクトールはここずっとアンジェリークの部屋の中にいる事が多い。
自分の部屋へは寝に帰るだけのようになってしまっている。彼女の体が心配なのもあるが、
彼女自身、自分の体の状態を軽んじている所があるので、ちょっと目を離すといつも外に出ようとするのだ。
 アンジェリークの外出を禁じている訳ではないが、途中で倒れてしまったりするので
なるべくなら部屋の中で大人しく、あるいは自分を連れて外出してもらいたいのだが
そこの所は妙に気を使って独りで出ていこうとする事がほとんど。


 「独りになる事がなくて息苦しいかとは思いますが、心配する私の身にもなって下さい」
 「ごめんなさい‥‥‥。でもあなただって独りになりたくなる時はないの?。
  ずっと私の身の周りの世話ばっかりで。護衛の為に側にいるのにしている事は
  使用人か看護婦のよう‥‥‥。嫌にならない?」
 「‥‥また階段から転げ落ちていないか、部屋で心配するよりはずっと気が楽です。
  元気にさえなっていただければ私としては何も言う事ありません」


 ヴィクトールはそう述べると階段の踊り場で壁に寄り掛かっていたアンジェリークを見つけ
抱きかかえて部屋へと戻っていった。

 今日は天気がいいので、バルコニーに出ているチェアーにアンジェリークを降ろした。
正午を過ぎて陽が傾き始めたので、強い日射しが直接当たる事もなく、爽やかな風が
彼女の金の髪をなびかせる。


 「そういえば、ショーの写真が下のフロントの届いておりました。御覧になりますか?」
 「本当?。見たいわ」


 アンジェリークの表情がパァッと明るくなり、ヴィクトールは写真の束をアンジェリークに手渡した。
アンジェリークは嬉々としてその写真をめくり始め、その隙ににヴィクトールは部屋に備え付けの
小さなキッチンでお湯を湧かし始めた。
 しばらく経ってお湯が湧いて、ティーポットにお湯を注ぎ、それをバルコニーのテーブルへと運ぶ。
カップを差し出すヴィクトールに”ありがとう”とアンジェリークは笑顔で礼を述べ
煎れたての紅茶に口をつける。
 ヴィクトールは彼女に気をきかせて部屋の中へと戻り、バルコニーから少し離れた場所にある
ダイニングテーブルで買ったばかりの本を開いて読み始めた。









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 本を途中まで読み終えると、そのページにしおりを挟んでヴィクトールは大きく後ろに伸びをした。
”外に出たい”というアンジェリークに付き添って外出しては、決まって途中で具合を悪くする彼女を
ホテルまで抱きかかえて戻る。そんな事が毎日か1日置きかに起こるので
体はある程度動かしているのだが、最近のヴィクトールは物足りない事この上なかった。
読書は嫌いではないのだが、そればっかりでは運動不足になってしまう。
 否、実際にもうなっているのだが、今の状況では仕方がないと半ば諦めたように
一冊本を読み終えると、また新しい本を買ってくる事の繰り返しだ。

 そんな事をぼーっと頭の中で考えながら、軽く体を伸ばしていると
ヴィクトールの足元に写真が一枚、ひらり‥‥と飛んできた。
 それを拾い上げて時計を見ると、時間は先程から2〜3時間ほど経っている。
写真を持って立ち上がり、バルコニーのアンジェリークのもとに足を運ばせると
彼女は気持ち良さそうに風を浴びながら、チェアーの上で眠ってしまっていた。


 「アンジェリーク様」


一度声をかけたが起きる気配はない。もう一度声をかけたがやはり熟睡しているようだ。


 「‥‥‥仕方ないな」


 ヴィクトールは起こさないようにそっと彼女の背中に腕を回すと、もう片方の腕で彼女の足を持ち上げて
アンジェリークをベッドまで運んでいった。




 「‥‥っと」


 アンジェリークを優しくベッドに降ろして、薄い毛布を上にかけてやると
バルコニーと違って夕陽の射すベッドルームのカーテンを閉めた。
 彼女の顔に視線を戻すと、やはり目を醒ます様子はない。彼女もここ数日で
ヴィクトールに抱き上げられる感触に慣れてしまったのか、気持ちよさげに寝息を立てていた。


 「‥‥‥‥‥‥‥‥」


 ヴィクトールは彼女の寝顔から目が離せなかった。金の髪は出逢った頃から少し焼けて
増々光りを放つ様で、白かった肌もわずかながら焼けている。それでも一般的に言えばまだまだ白いのだが。
 寝かせた時に顔にかかった髪を横に避けてやると、端正な彼女の顔が露になった。
閉じられた睫は長く、ブルーグリーンの彼女の瞳を覆い隠している。
顔色は良いようだ。最近は大きな体調の変化も見られない。少しずつではあるが、彼女は確実に
元気になってきている。毎日の食事の量でもそれはわかる。
 ‥‥そして桜色の唇。


 「‥‥‥‥‥‥」


 ヴィクトールはそこに吸い寄せられるように、自分の唇をそっと押し当てた。
柔らかな唇の感触を確かめて、ゆっくり顔を離す。
2〜30センチ離れたところで動きを止めて、彼女の寝顔を近くで見つめた。
それでも、アンジェリークは目を醒ます様子は見られない。眠りはかなり深いようで‥‥。









 「!!」


 ヴィクトールははっと我に還ると静かにドアを閉めて、ベッドルームを後にした。








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 「馬鹿な事をした‥‥‥。なんて事だ」


 ヴィクトールはそのまま自室にまで戻り、部屋の中で深い自己嫌悪に浸っていた。
女性の寝込みを襲うなんて‥‥‥。しかも相手は護衛を命じられている貴い方。
自分を信頼してくれている彼女に、向ける顔がない。
 テーブルに突っ伏してどん底までも落ち込んでいた。
ヴィクトールにしてみれば、日に日に無防備になるアンジェリークが己の自制心をかき乱していく。
柔らかく笑いかける笑顔は初めて出逢った時からだったが、言葉の節々やその態度の中に
どこか彼女は自分に気を許していると思わせる事がたくさんある。
それらが重なりあって、下世話な自分の欲望を押え込めなくなってしまっていた。


 「‥‥‥‥‥‥‥‥」


 陽も落ちてきて部屋の中は暗くなり始めた。もうそろそろ灯りをつけなければならないのだが
それすらも気にならない。真っ暗やみの中でとことん落ち込んでしまいたい気分だった。
 ”とりあえずは、冷たいシャワーでも浴びて気を落ち着かせよう”とヴィクトールは
バスルームへと向かった。






 どれくらいたったか、体も頭もずいぶん冷えてバスルームを出ると部屋の灯りがついていた。
ヴィクトールはつけた記憶はないのだが、不審に思いながらもローブを羽織っただけの格好で
部屋に戻ると‥‥‥


 「ヴィクトール」
 「アッッアンジェリーク様!!??」


 ソファにちょこんとアンジェリークが座っていた。彼女の部屋においてきてしまった読みかけの本を
暇つぶしに読んでいたようで、その本を”ぱたん”と閉じてテーブルの上においた。


 「‥‥‥何故ここに‥‥」
 「目が覚めたら居なかったから‥‥。一応電話したんだけど出なかったし‥‥」
 「あ‥‥申し訳ありません。シャワーを浴びていたものですから‥‥」
 「ええ。かってに入っちゃったけど、ごめんなさい。」
 「‥‥いえ‥‥‥!!」


ヴィクトールはそこで初めて自分の格好に気付いた。


 「申し訳ありません!!。このような格好のままで‥‥‥。すぐに着替えて参ります。」
 「あ‥‥」


 アンジェリークが喋り出すよりも早く、ヴィクトールはベッドルームへと着替えに行きドアを閉めた。
仕方なしに再び本を開き始めたアンジェリークは、先程の続きからまた読みはじめる。

 また数分経って普段着に着替え終わったヴィクトールが寝室から出てきた。
アンジェリークはまた本をテーブルに置いて、ヴィクトールの方をじっと見つめている。
その視線を見返す事ができなくて、ヴィクトールは目を伏せたままアンジェリークの向いのソファに
腰を落ち着けた。


 「‥‥‥‥‥‥‥」
 「‥‥‥‥‥‥‥」


そのままなぜか何も話し出せずに沈黙が続いたが、アンジェリークが息を吸って喋り出した。


 「あの、夕食まで時間があるし‥‥少し外を歩きたいんだけど‥‥」
 「外ですか?」
 「ええ。‥‥‥ほら、寒くないようにストールも持ってきたし‥‥」
 「解りました」


ヴィクトールはアンジェリークの一歩後ろについて、外へと向かうアンジェリークの後をついていった。






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 陽の落ちたビーチは、昼間の子供が忘れたおもちゃやボールが砂に半分埋まっていた。
空はすっかり闇に染まっていて、その中をたくさんの星が小さく煌めいている。

アンジェリークの後ろを歩くヴィクトールに彼女の顔は見えなかったが、それが今はほっとしていた。


 「‥そう言えば、改まってお礼も言っていなかったわね‥‥」
 「え?」
 「入院してからずっとあなたには迷惑かけっぱなしで‥‥‥」
 「そんな‥‥。よして下さい」
 「どうして?」
 「どうしてって‥‥‥礼を言われるほどの事ではありません」
 「そんな事ないわ。あなたにはとても感謝してるのよ。
  今まで聖地で暮らしていたから下界に知り合いも居ないし、独りだったらもっと心細かったと思うわ。
  最初は”護衛なんて”って思ってたけど、そんな事なかったわね‥‥」
 「やめてください、そんな‥‥。アンジェリーク様が思うほど私は‥‥‥」
 「?」


 ”出来た人間じゃない”
そう喉元まででかかってヴィクトールは口を塞いだ。何かを言いかけて止めた事で
前を歩いていたアンジェリークが振り返ったが、それに続く言葉はヴィクトールの口からは出てこなかった。

 「何?」
 「‥‥‥‥いえ」


 結局ヴィクトールは黙り込んでしまい、アンジェリークもそれ以上追求はしなかった。
再び前を向いて歩き始め、ヴィクトールも歩みを進めた。
 すると何を思ったか、アンジェリークが海に向かって歩き始める。
ヴィクトールは焦ってそれを止めようと声をかけたが‥‥


 「少し、足を浸らせるだけ。だってここに来てずいぶん経つけどまだ海にも入っていないのよ。
  こんなに海の側のホテルなのに‥‥」


 アンジェリークはくるぶしあたりまで足がつかる所まで進み、打ち寄せる波の感触を楽しんでいた。
波とともに足のそこで蠢く砂によって、ジリジリとバランスが崩れてそれを楽しむように
アンジェリークは再び歩き出す。ヴィクトールは波打ち際の外を歩きながら
彼女のの歩くスピードに合わせていたが、たったさっきまで冷たいシャワーを浴びていた事と
夜の海風が少し冷たかった事で、思わず身が震えた。しかし自分から帰ろうとも言えずに
アンジェリークを見つめていると、その視線に気がついたのかアンジェリークが立ち止まって振り返った。


 「?」
 「‥‥鳥肌」
 「え?」
 「ごめんなさい。あなたが寒かったのね。もう戻りましょう」


 ヴィクトールはふと自分の腕を見ると、確かに寒さで鳥肌がたっていた。
引き返して歩き出すアンジェリークに、ヴィクトールは背中を押されるようにしてホテルへと足を向けた。


 ホテルにつくとその日は珍しくホテルのレストランで食事をして、それぞれの部屋に戻った。
ヴィクトールは部屋に戻るとたまりかねたように2〜3つのくしゃみをした。
冷えた体をさすりながら、早めの床についた。







幻← ・・・・・ →解放





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