悲しみのBRIDE



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 その日、アンジェリークはヴィクトールを連れ立って海岸を歩いて、街の中を散歩していた。
体の具合は相変わらずで、疲れ過ぎないように休み休み歩いている。
 アンジェリークはリゾートで休暇を楽しむ人達の顔を見るのが好きだった。
どの人もどの人も、心からの笑顔で海水浴やショッピングなどを楽しんでいる。
 しかし、後ろを歩くヴィクトールは不思議だった。何をするでもなく街の中を歩くだけ‥‥。
それが何故この人は、飽きもせずに楽しそうに続けるのか?。


 「ヴィクトール、あの建物は何かしら?。ほら、白いとんがり屋根の‥‥‥」
 「あれは教会です。旅先で結婚式を挙げて、そのままハネムーンというのが流行っているようですよ。
  それでなくても、この地は信仰深い街で中には”女王像”が飾られています」


アンジェリークは小さく反応した。


 「女王像?」
 「ええ。アンジェリーク様の方が聖地にいらしたのですし、お詳しいかと思いますが
  宇宙をお導きくださる女王陛下を信仰しているようです」
 「‥‥‥そう。‥‥女王陛下の‥‥‥」


遠い眼差しで教会を見つめているアンジェリークに、ヴィクトールは今までにない寂しげな印象を受けた。


 「見に行ってみますか?」
 「ううん。‥‥他行きましょう」


 アンジェリークは教会のある方に背を向けて歩き出した。
何か自分の知らない思う所があるのかと、ヴィクトールはあまり深く追求するのを止めた。
 しかし、先を歩くアンジェリークに1人の男性が焦ったように近付いてきた。


 「あっあのっ!!。ちょっとすいません!!」


 ヴィクトールは早足でアンジェリークに追い付き、その男性とアンジェリークの間に割って入った。
道を聞くには興奮し過ぎているその男性に、一つ睨みをきかせて見下ろす。


 「あ!!。怪しいものじゃありません!!。えぇ〜‥‥と名刺名刺‥‥‥」


男性は先程とは違った意味で又焦り、ジーンズのポケットや財布の中身をガサガサとかき回し始めた。


 「私こういうものです」


ヴィクトールはその名刺を受け取り、そこに書かれた会社名と名前を読み上げた。


 「”オンプラント”アリ・ブランナー?」
 「はい。色んなイベントを手掛けている会社なんですけど、毎年この時期にこの街で
  ファッションショーを開いているんです。
  この街にリゾートしにきた方々にモデルをして頂いてるんですけど‥‥。
  失礼ですが、この街の方じゃないですよね?」
 「ええ」
 「もしよろかったら、ショーに出ていただけませんか?」
 「私?」
 「はい。凄くデザイナーのイメージにぴったりなんです。お願いします」


 その突然の出来事にヴィクトールは反対だった。自分が反対するような事ではないのは
もちろんわかっているが、そういった大きなイベントは、慣れないものにとっては消耗が激しい。
体調の波が激しく、決して丈夫とはいえないアンジェリークにとって、やり遂げられるとは思えなかった。
しかし、アンジェリークの口から出た言葉は‥‥。


 「面白そう。本当に私でイイの?」
 「はい!!。出ていただけますか」
 「ええ」
 「よかったーー!!。きっと先生も喜びます!。じゃあ、詳しいお話をしたいので‥
  今日これからお時間ありますか?]
 「ええ。大丈夫よ」
 「なら、一緒にきてもらえますか」


 男性は満足そうな顔をして先を歩き出した。
複雑な顔をしているヴィクトールとアンジェリークは視線をあわせると、にこっと笑いかけた。
その顔はショーに対する期待ですでに笑みを浮かべている。
ヴィクトールは、渋々二人の後をついていった。






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 連れられて辿り着いた先は、屋根のない大きな野外のイベントホールだった。
ステージ上はまだ準備の為のスタッフがあちこちで大きな音をさせながら作業をしている。
観客席で数人が一塊になっているグループの中に、このショーの衣装を全て手掛けているデザイナーがいた。
彼は、この街出身の新進気鋭のデザイナーで、このリゾート地の盛り上げに毎年ショーを行っている。
デザイナーはアンジェリークを見かけると、とても驚いた表情で駆け寄ってきた。
どうやら、先程の男性の目は確かで、ずっと捜していたデザイナーのイメージ通りの女性を
感激した様子で見つめながら、感謝の言葉とショーの説明をした。

ヴィクトールはその1〜2メートル後ろでその話をきいていたが、デザイナーがヴィクトールの事をきくと


 「彼は、婚約者です」
 「こっ!?」
 「ほーほー。二人きりで婚前旅行ですかー。ならぴったりだ。
  あなたに着て頂こうと思っているのは、ラストのウエディングドレスなんですよ」
 「ウエディングドレス?」
 「はい。このドレスは自分でも気に入ってるんで、これをデザインした時のイメージに
  近い女性に着てもらいたかったんです」


 デザイナーは興奮した様子でショーにかける意気込みと、デザインしたドレスに向ける情熱を
アンジェリークに長々と語っていた。アンジェリークは嫌な顔一つ見せずにその話をきいていたが
仕事がまだまだ詰まっている事で、スタッフに引きずられるようにデザイナーはステージ上へと消えていった。

 そして、詳しい話をスタッフに聞いて明後日に迫ったそのショーに参加する上での必要事項を
聞くと、すでに暗くなっているその日はヴィクトールとホテルへの帰路についた。





 「大丈夫なんですか、アンジェリーク様。お体の方は」
 「ええ、大丈夫よ。それにとっても楽しそうだもの。いいでしょ?」
 「‥‥そうおっしゃるなら構いませんが、それにしても‥‥‥こっこっ‥‥婚約者だなんて‥」
 「だって‥、他にどう説明すれば?」


 クスクスと笑い、月に照らされた夜道を歩くアンジェリークは、まるでスキップでもしそうなほど
浮かれている様子だった。






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 その翌日は大事をとって部屋で休みショーの日に備え、そしてショー当日。
ショーが行われるのは夕方から。アンジェリークとヴィクトールは
準備の為に朝から会場となる野外ホールにきていた。

 大勢のエネルギーに圧倒されそうな控え室の中。アンジェリークはまず簡単な衣装合わせから始めた。
前回に聞いていたアンジェリークの体のサイズにドレスは、まさにぴったりだった。
裾の長さや全体的なバランスを整え、ショー開演までにそれをモデルに合わせて手直しをして
その間にアンジェリークは、メイクとヘアーを済ませ、モデルとなる数十人とともに
ステージでリハーサルを行う。その時点で3時を過ぎており、モデルは後はショー開演を待つだけとなった。

 ヴィクトールはモデル用の大きな控え室の中で、椅子に座りながら目の前を慌ただしく横切る
人の流れを眺めていた。本当ならアンジェリークの側についていたいのだが、今日のような場面では
それもかなわず、こうして大人しくしているのだった。






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 ふと、人の流れの向こうが騒がしくなった。ヴィクトールはさして気にも止めていなかったが
だんだんとその人垣が道を作るように左右に別れ、そこを出来上がったドレスを纏った
アンジェリークが歩いてきた。


 「ヴィクトール!」
 「え?」


 急に呼ばれて振り向くと、初めてみるアンジェリークの姿にヴィクトールは呆然とした。
その後ろの方では彼女から目を離せない何人もの人達が、ずっと視線をアンジェリークに向けている。


 「どう?」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 純白の高級そうなシルクに金の刺繍が控えめに散らばっている。柔らかなイメージのドレスに
インパクトを与えるようなアンジェリークの金の髪が、見事なほどに合わさっていて‥‥


 「どう?、ヴィクトール」
 「‥‥‥あの‥‥‥その‥」


 正直美しかった。この世の者とは思えないほどに。
ウエディングドレス。それからは結婚を迎える花嫁の歓喜が伝わってくるはずなのに、
アンジェリークがそれを纏うと、およそ花嫁とは似つかない神々しさが溢れ出ている。

 足元を覆い隠すドレスの裾を片手で持ち上げて、背にかかるヴェールをもう片方で端を掴みながら
ヴィクトールの目の前でアンジェリークは”くるっ”と一回転した。


 「あの‥‥‥とてもよくお似合いです‥‥」
 「ありがとう!」


 アンジェリークはその言葉に満足したように笑顔を見せて、彼女を呼ぶスタッフのもとにかけていった。
回りからは彼女に対する様々な会話がなされ、今まで以上に控え室は騒がしくなり
ヴィクトールは、一つ大きく息をはいて背もたれに寄り掛かった。

 今さら心臓がばくばくと早鐘のように動きだし、急激に体温が上がる。
手元にあった冷たい飲み物を飲み干して、再び深く息を吐く。

 しかし、思考はとまらなかった。
先程のアンジェリークの姿が何度も何度もリプレイされてその度に熱が上がる。



刺激されたアンジェリークに対する想いは、封を切って今にも溢れてしまいそうだった。







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 一方、アンジェリークも浮かれていた。似たようなドレスなら聖地にいた頃に
普段着のように身につけていた。あるいは、このドレスよりももっとずっと豪華できらびやかな物も。
 しかし、アンジェリークも”ウエディングドレス”という特別なドレスに舞い上がっていた。
何度も夢に見たウエディングドレス。‥‥‥‥‥そこまで思考が進んで急にアンジェリークの顔は
影を落とした。

 夢に見たウエディング。隣にいるはずの‥‥それを強く願った相手。


 「‥‥‥‥クラヴィス‥‥」


 久し振りにその名前を口にしたアンジェリークは、一気に気分が沈み込んだ。
まだ、彼の名前はアンジェリークの涙を誘い、どんなに楽しい気分も台なしにしてしまう。

 彼に選んで欲しかった‥‥自分を。
彼の隣で幸せそうに笑っていたかった‥‥‥ずっと。
それがやっと叶うと思った矢先‥‥‥‥彼は別の女性を選んだ。
あの時の自分と同じ”女王候補”のあの子を‥‥‥‥‥。

 どうして自分じゃいけなかったのか?。
何故今になって、また女王候補のあの子を選ぶのか?。
なら、私達がダメになった理由は一体なんだったのか?。

 それらの質問に答えはなかった。クラヴィスにそれらの悲しみをぶつける勇気もなかった。
体ごとぶつからないまま終わった、一生に一度と思われた自分の恋。

 この先一生、こんな風にして何かある度に彼を思い出し、癒えない傷を掘り起こして
悲しみにうちひしがれるのか?。どんなに楽しい思いも一瞬で台なしになってしまう。
 ‥‥‥‥くだらない、つまらない。こんな風に過去にばかり捕われて。
でもそこから抜け出す方法など、まだ‥‥‥‥‥見当たらない。



 沈んだ気持ちを覆い隠して、アンジェリークはステージにたった。









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 ショーは、大成功のうちに幕を閉じた。やはりラストで登場したアンジェリークの姿に
観客は息を呑んだ。

 この街のはずれにある大聖堂の中に飾り奉られている”女王像”。
デザイナーはそれを意識し、ラストのドレスをデザインしたとステージ上で述べた。
幸運な事に、そのイメージにぴったりの女性にも巡り合えた。
この事を女王陛下に感謝したい‥‥‥‥と。

 大盛況の中終わったショーの打ち上げでも、アンジェリークの気分は沈んだままだった。
だが、独りになればきっとどこまでも悲観的な気分になってしまう。
辛くなり始めた体に無理をして、階下の打ち上げ会場にアンジェリークは向かった。



 やっと姿を現したアンジェリークにデザイナーやスタッフが、待ってましたとばかりに声をかける。
階段の途中で足を止めて、次々にかけられる賛辞の言葉にアンジェリークの気分も浮上し始めた時。

 会場の奥に長い黒髪を見つけたアンジェリークは、表情が凍り付き体も固まってしまった。


 (幻覚よ。出なければ人違いだわ。ここに‥‥‥‥クラヴィスが居るはずないんだから!!)


 そうわかっていても視線はその黒髪から離せなかった。


 …ぐらり


アンジェリークの世界が歪み始めた。


 (こんな時に!?)








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 きゃああああ!

 誰の声とも解らない悲鳴が会場内に響いた。ヴィクトールはその悲鳴が起こった場所に
必死で向かっていた。
階段上にやっと現れたアンジェリーク。ショーの間ずっと話もできなかった。
体の方はまだ大丈夫なんだろうか?。とりあえずお側に‥‥‥と、歩き出した瞬間
アンジェリークがバランスを崩して、階段から転げ落ちたのだった。


 「アンジェリーク様!!」
 「‥‥‥‥‥‥」
 「意識があるのでしたら返事をして下さい!!。アンジェリーク様!!!」


後ろの方でざわざわと人の騒ぎ声が聞こえる。


 「救急車を急いで!!。病院に連絡を!!」


 ヴィクトールはそこに慌てふためくスタッフ達に、冷静に指事を出した。
それを聞いたスタッフが電話を震える指でナンバーを押し、救急車の要請を伝えた。


 「‥‥アンジェリーク様‥‥」
 「‥‥‥ヴィク‥トール?」
 「何所か痛い所はありますか?。今救急車がきます。しっかり為さって下さい!」


 ヴィクトールの声をアンジェリークは何所か遠くの方で聞いていたが、
暫くして、彼女を静寂が包んだ。





許されない想い← ・・・・・ →幻





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