許されない想い



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 翌日、翌々日とアンジェリークの体調の変化に終始気を配っていたヴィクトールのおかげで
それ以来アンジェリークが、疲労で寝込んでしまう事はなかった。

 人間、普段しなれない事をするとその疲れも倍増する。
アンジェリークの護衛を始めてから、ヴィクトールの疲労は著しくピークを迎えようとしていた。
鋼鉄のような鉄仮面でその事を隠し続けていたヴィクトールだったが、どこをどう見破ったのか
アンジェリークはヴィクトールの変化に気がついていた。
 しかし、「休め」といって休めるような性格ではない事をすでに理解していたアンジェリークは
ヴィクトールに負担をかけないよう、部屋の中で大人しく読書をする日々を続けていた。
 読書といっても小説などの類いではなく、新聞や宇宙の情勢を書いた様々な情報誌に雑誌。
下界を離れている間に、数百、数千年と経ってしまっているアンジェリークにとっては
ちょうどいい時間であった。


 「アンジェリーク様、外出は為さらなくていいんですか?。
  ここ数日、ホテルから外へ出ておりませんが‥‥‥」
 「ええ、いいの。宇宙の中が今どうなっているのか、実際にこの目で確かめるのも嫌いじゃないわ。
  でも、どんなに力を尽くしても本当の意味での「平和」が根付いている惑星は少ないのね‥」
 「アンジェリーク様?」
 「‥‥‥‥!!、何でもないわ。それよりあなたは?。部屋の中はもう飽きた?」
 「‥‥‥持ってきていた読みかけの本は全て読んでしまいました‥‥‥‥」
 「クスッ。そう‥‥それは悪い事したわね。‥‥‥‥‥‥そうねぇ」


アンジェリークは意味ありげにヴィクトールの顔色を伺った。


 「‥‥下のビーチにでも行ってみようかしら?」
 「海に入るのですか?」
 「いいえ、砂浜を歩くだけ。いいかしら?」
 「もちろんです。御同行します」


その言葉を聞いてアンジェリークは顔をしかめる。


 「嫌ならあなたはこなくていいのよ。ただの散歩だもの、何も起こりはしないわ」
 「は?、別に嫌では‥‥‥」
 「なら、いかにも本心からじゃなさそうな言葉は使わないで」
 「本心??。私何か御気に触る事を申しましたか?」
 「”同行”なんて‥‥‥。せめて”一緒”って言ってよ。
  私の身の回りを守ってくれているのは解るけど、あなたに嫌な思いをさせてまで
  あなたを振り回したくないわ。
  身辺警護の仕事をするのがあなたの本意ではないのなら、人を変えてもらえるように
  私から上の人に言ってあげましょうか?」
 「そんなつもりはありません。申し訳ありませんでした。配慮が足りませんでした」
 「だから、その言葉が嫌なの!。今のだって”気遣い”って言葉でもいいはずよ!?」


 アンジェリークは開いていた雑誌をそのままに、席を立ってドアへと向かった。
ヴィクトールも慌ててその後を追おうとするが‥‥‥‥。


 「あなたはついてこなくていいわ!!」
 「そういう訳には参りません」
 「ついてこないで!!」


 ヴィクトールの目の前で扉は大きな音をたてて閉められてしまった。
アンジェリークはそのまま荒れる気持ちをしずめるように、階段を降りて砂浜へと歩いていった。

 部屋に残ったヴィクトールは自分の何がいけなかったのか、彼女は何に腹をたてていたのか
己の胸に手を当てるように思い返していた。
自分は精一杯の敬意を払っていたつもりが、その言葉も聞こえ様には冷たく切り捨てたような
印象を受ける事に気がつくと、相手を思いやる事を忘れていた事を深く反省した。
 彼女が、こんなに声を荒げて怒りを現したのは、出会ってから初めてで、その勢いにも
ヴィクトールは押されたようだった。
ベランダに出て下を見遣ると、白く光るような砂浜に彼女の金の髪は見えづらく、
その姿を探し出すのに一苦労だった。






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 アンジェリークの影をバルコニーから探し当てたヴィクトールは、そのまま彼女の様子を
見守っていた。先程の彼女を思い出すと中々アンジェリークのもとに行く勇気はなく、
ホテルの宿泊客だけでうまっているビーチを眺めていた。

 どれくらい時間が過ぎただろうか、陽はとっくに沈み海水浴を楽しむ人の姿もなくなった。
太陽に変わり月の光が優しく砂浜を照らし、アンジェリークを闇の中に隠した。
いくら何でももう部屋に戻ってもらわないと、また明日体調を崩すかもしれない。
きつい言葉をかけられる事を覚悟して、ヴィクトールは砂浜のアンジェリークのもとに降りていった。


 「‥‥‥アンジェリーク様‥‥」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「外も冷えますので、そろそろお部屋の方にお戻りになりませんと‥‥‥‥」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ごめんなさい」
 「え?」
 「‥‥‥さっきはごめんなさい。私があんなに怒る事じゃなかったわよね。
  あなたは私の護衛の為に側にいるんだもの。あなたとしたら当たり前の事だったのに‥‥。
  自分勝手な我がままで不快な思いをさせてごめんなさい‥‥」
 「‥アンジェリーク様‥‥‥」
 「‥‥‥いやぁね‥‥。いい訳をするつもりはないけど、聖地にいた頃は‥‥‥
  皆が皆、今のあなたみたいな言葉遣いだった。
  私はもっと気楽に話をしたかったのに‥‥‥‥‥。それも自業自得とはいえずっと寂しかったわ。
  ‥‥‥‥‥聖地を離れて下界に帰ってきて、過剰な程の期待をしていたのよ‥‥‥」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「どこに行ったって私が私である事に代わりがあるはずないのに‥‥‥」
 「‥私の方こそ申し訳ありませんでした。女王府の方から”重要”な方だから、失礼のないように
  危険のないようにと何度も聞かされて、あなたも私と同じだという事を忘れていました。
  配慮‥‥‥‥いえ、心配りが足りませんでした。謝らなければならないのは私の方です」


アンジェリークは夜の海から視線をあげて、ヴィクトールの顔を見つめた。


 「優しいのね‥‥‥‥。私が我がままを言ったのに‥‥‥」
 「そんな事ありません。気付かせて頂いて助かりました」


 ヴィクトールが遠慮がちに表情を緩めると、アンジェリークも”自己嫌悪”していた顔が
緩やかにほころびた。膝を抱えるように回していた腕を解いて立ち上がろうとした瞬間、
夜の闇ではない暗闇に襲われたアンジェリークは、空を掴むようにして片手を泳がせて
再び砂浜にうずくまった。


 「アンジェリーク様!?」
 「‥あ‥‥大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけ‥‥‥‥」
 「立てますか?」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 視界がぐるぐると回転し、まぶたを開けられない状態のアンジェリークは
無理をして立ち上がる事も、誤魔化す為の嘘の返事もできなかった。


 「失礼します」


 ヴィクトールがそう呟いたと思うと、アンジェリークは貧血で歪む視界のまま、体が宙に
ふわっと浮き上がった。


 「ヴィクトール?」
 「本当にお部屋にもう戻って頂かないと‥‥‥。歩けないのでしたら無理を為さらず、そう
  おっしゃって下さい。隠されるよりその方が安心します」


 体が密着し過ぎないように、気を配ってアンジェリークを抱え上げ
ホテルに向かって歩き出したヴィクトールの胸の中に、アンジェリークは最初は驚きもしたものの
そのうちその胸の中に頭を傾けた。
 遠い昔、記憶にも残らない程の昔、赤子だった自分が母親に抱かれている時の様な安らぎだった。
戸惑いもあったし、照れもあったが、ヴィクトールの歩くテンポに合わせて揺れる体は
ヴィクトールに素直に身を任せていた。






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 夕食を部屋で二人でとって、ヴィクトールが部屋を去ろうとした時
アンジェリークが後ろから彼を呼び止めた。


 「はい。何でしょうか?」
 「今日は色々ごめんなさい。あなたも気にするでしょうから、謝るのはこれで最期にするわ。
  それと、色々ありがとう。‥‥‥護衛についてくれたのがあなたでよかった」
 「アンジェリーク様‥‥」
 「おやすみなさい」


 そう言って、アンジェリークは部屋の戸をゆっくり閉めた。階下の部屋から自分の部屋へ向かう僅かな間
ヴィクトールはアンジェリークに対する心構えというか、自分の気持ちの中が
最初の頃と変化している事に、何となく気付いていた。


 (‥‥‥このままではいけない。あの方に対して、こんな感情を持つ事は許されていない)


 心の中でそう繰り返し、自室に入って鍵を閉めた。灯りをつけて上着を椅子にかける。
ソファーに深く座り大きく溜め息をついた。
ヴィクトールは知っていた。この世界の中で一番うつろい易く、一番自分の思う通りにいかないもの
それは人の心だという事を。戦場に何度も出ている彼は、その空しさも知っているが
理屈のない憎悪や、理由のない人の優しさを体験してきた。
人を憎んだり、許したり、好きになったり‥‥‥そういった感情に、たいした理由はない事を。
自分の意志でコントロールできる感情ではない。ならば、ばれないように隠し通すか
それでもコントロールできるように努力をするしかない。
‥‥‥‥‥‥‥‥あの方の側を‥‥‥‥離れる訳にはいかないのだから。





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