バカンス



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 下界での初めての朝は、とても清々しいものだった。
昨夜、結局あのまま寝てしまったアンジェリークは、寝間着にも着替えずに外出着のまま
眠ってしまっており、朝目が覚めると洋服はしわくちゃになってしまっていた。
 加えて、窓も開け放していた為、部屋の中がずいぶんと、海の潮の薫りで満ちていた。
窓の外、下のビーチからはこのホテルの滞在客と思われる30人弱くらいの人数が
海水浴を楽しんでいた。リゾート地にくると、とかく朝は早いようである。


 「‥‥‥‥‥‥‥ぁふ‥‥」


 アンジェリークは一つあくびをすると、しわになった洋服を着替え支度を済ました。
その時、まるで見計らっていたかのようにホテルマンが部屋まで朝食を持ってきた事を知らせていた。

 ベランダに出ているテーブルセットに朝食を並べてもらい、アンジェリークは遅めの朝食についた。
スープの匂いにつられて、昨日の昼から何も食べていなかった事を思い出したかのように、
空腹感がアンジェリークを襲い、種類多めに並べられていた食卓を綺麗に平らげた。
グレープフルーツジュースを片手に、アンジェリークはバルコニーから下の砂浜を見下ろす。
楽しそうに騒いでいる家族連れや、恋人同士、友達同士を見るとアンジェリークも
砂浜へと心誘われる。
しかし、思い返してスーツケースの中を開けてみると、ビーチに似合う服は
一枚も持っていない事に気がつく。


 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ふ〜〜」


 その時、ベッドの上で広げていたスーツケースの中から、赤色の財布とクレジットカードが
アンジェリークの膝の上に転げ落ちてきた。カードには使用についてのメモもはさんであったが、
使用の注意は聖地にいた時に女王府の人間から聞いていた。

 久し振りに触る財布の感触を確かめると、中にカードをしまい小さなバッグに
リモージュから選別にとプレゼントされた、可愛い花の刺繍の入ったハンカチと一緒にに入れて
部屋を出ようとしたところで、ある人物を思い出す。


 「あ!‥‥‥‥そうだ、連絡しなくちゃいけないのよね」


 アンジェリークは電話台まで近付くと、その横に手書きで書いてある内線をまわした。
電話先の男は待っていたかのように、2コールで電話口に出た。


 「はい」
 「おはようございます」
 「オはようございます。昨夜はよくお眠りになられましたか?」
 「はい、もうぐっすり。あの‥」
 「なんでしょうか」
 「買い物に出かけたいんですけど‥‥」
 「承知いたしました。ただいまお部屋までお迎えに上がります」


 ヴィクトールは”失礼します”といって電話を切り、暫くしてドアをノックする音が聞こえた。
アンジェリークが返事をするとドアが開けられ、その向こうからは身軽に着替えたヴィクトールが
姿を現した。


 「おはようございます」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「?‥‥どうかいたしましたか?」
 「ヴィクトール‥‥私の事は本当に何も聞いていないんですよね?」
 「ええ」
 「なら、その仰々しい程の言葉遣いは止めて下さい。変に思われるわ」
 「しかし‥‥‥アンジェリーク様の事は詳しくお聞きしてはいませんがとても聖地では‥‥‥‥‥」
 「何も聞いていないのなら結構。言葉遣い、気をつけて下さいね?。せめて他の人のいる前では」
 「ですが‥‥‥‥‥」
 「私達は夫婦で旅行に来ている。そういう事にしましょうか」
 「とっとんでもありません!!」
 「なら、婚約した二人が婚前旅行。そう見られるように振る舞って下さいね。
  二人きりの兄妹で旅行というのも逆に怪しく見られるし、親子には見えないですもの」
 「‥‥‥はぁ‥‥‥」
 「とにかく!、自然に。ね?」
 「‥‥‥‥‥解りました。努力はいたします」


 ヴィクトールは少々うなだれながらも、アンジェリークをエスコートしてショッピング街へと
案内だって行った。






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 そこはリゾート地ならではの洋服がたくさん立ち並んでいた。主星で人気の高級ブランドなども
格安の価格を提供しており、ここも女性客で賑わっている。
ヴィクトールはかなり場違いだった。しかし、職業柄か仕事中だからか視線はそんな事にも
捕われずに、街の中を細かく隅々まで見通している。数日前からこの地に来ていたヴィクトールは
この辺り一帯の地理はもちろん、どこに何の店があるか、非常時の病院や警察、薬屋までも
チェック済みだった。後は外出した時の人込みを気をつけるだけ‥‥‥‥。


 「‥‥‥‥‥‥ヴィクトール!!」
 「はいっ」


 外の人込みに気を向けていたヴィクトールは呼ばれて、慌てて振り向くとアンジェリークは
まだ値札のついたままの、リゾートならではのカラフルな色のワンピースを着て鏡の前に立っていた。


 「‥‥‥‥‥‥はい?」
 「どう?」
 「‥‥どう?‥‥‥と言われましても‥‥‥‥」
 「言葉遣い」
 「あ」


 アンジェリークは店員の進められるままに何色かの色違いを体に当て、その中で一番気に入ったものを
数着購入した。


 「荷物、持ちましょう」
 「あ‥‥ありがとう」


 また別の店で普通の普段着を数着、身の回り品を幾つか買って、午前中の買い物は終わり
そのまま外で昼食をとって、二人だってホテルへと帰った頃には、空が暗くなり始めた頃だった。
 夕食をホテルのレストランで済まし、歩き回った事で早めにベッドについた。






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 次の日の朝、一応いつ電話がかかってくるか解らないので、部屋で読みかけの本を読みながら
ヴィクトールが待機していると、ヴィクトールの部屋の戸を叩く者がいた。


 「はい?」
 「あのーホテルの者ですが‥‥‥上の階の方がですね‥‥」


その言葉を聞いてヴィクトールはドアを開けた。


 「どうかしたのか?」
 「あの、いつお食事を御持ちしても中から返事がございませんので‥。
  お電話も返答がない様子で‥‥」


 そう言われてヴィクトールは部屋の時計に目をやると、すでに11時をまわっており
時間に気をかけなかった自分に舌打ちをして、電話の受話器を取り上げた。


 プルルル‥‥‥プルルル‥‥‥プルルル‥‥‥プルルル‥‥‥プルルル‥‥‥プルルル‥‥‥


 確かに、しつこい程鳴らしても受話器を取る気配は聞こえてこなかった。
心配になったヴィクトールはホテルマンを従えて上の、アンジェリークの部屋へと向かった。


 コンコン‥
 「アンジェリーク様。私です。ヴィクトールです。起きていらっしゃいますか?」
 ………………………………


 ヴィクトールの呼びかけにも聞こえてくるのは静寂だけで、”あれ程護衛を厳重に頼まれたのに
一日そこらで見失いましたじゃ‥”と、焦る気持ちを押さえながら、もう一度ノックをした。


 コンコン‥‥
 「失礼いたします」


 ヴィクトールは大きく声をかけてノブを回した。不用心な事に鍵はかかっておらず
簡単にドアは開いた。

 部屋の中は堅くカーテンが閉ざされて、人がいる気配は見当たらなかった。
リビングから隣接しているベッドルームも、一応ノックをし声をかけてから開くと、
その枕に金色の髪が静かに横たわっていた。
ヴィクトールはひとまずほっと息をつくと、枕元まで移動しそっと声をかける。


 「‥‥‥アンジェリーク様、おはようございます」
 「‥‥‥‥‥‥ん」


 ヴィクトールの声にアンジェリークが反応して身をこちらに向けたが、そこで初めて
ヴィクトールはアンジェリークの身の異変に気がつく。


 「どうかされましたか、アンジェリーク様。お顔の色がずいぶんと悪いようですが‥‥」
 「あ‥‥ごめんなさい。連絡もしないで‥‥‥‥‥。ちょっと今日は起きるのが辛くて‥‥‥」
 「医者を御呼びいたしましょうか?」
 「ううん。大丈夫、今日1日寝ていれば明日には治るから‥‥‥‥‥」
 「では、隣の部屋にいますから何かあれば御呼びください。お食事は召し上がられますか?」
 「ごめんなさい。今は何も食べたくない」
 「解りました」


 ヴィクトールは具合の悪そうなアンジェリークにそれ以上話し掛けるのを止めて
静かにベッドルームを後にした。
 ドア口で待っていたホテルマンに”何か消化のいい、病人向けのメニューを”頼むと
ゆっくりとドアを閉め、リビングのカーテンを開けて椅子に深く座り込んだ。






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 夜になってやっと体を起こせる程に回復したアンジェリークに、ヴィクトールはやっと食事を
食べさせる事が出来た。
野菜をよく煮込んだスープをゆっくりと口に運ぶアンジェリークの側で、珈琲を飲みながら
言葉をかける。


 「一体、いつから御無理をされていたんですか?」
 「無理じゃないわ。‥‥‥いつもの事なの。昨日、少しはしゃぎ過ぎてしまったから
  その反動で今日はだるくなっただけ」
 「昨日‥‥?」


 昨日、午前中はショッピングに使い午後はゆっくりと景色を見ながらの散歩。
ヴィクトールにとっては運動不足この上ない昨日の出来事で‥‥‥‥。
ヴィクトールはアンジェリークの体の調子に不安を覚えた。


 「医者には見てもらったんですか?」
 「いいえ、皆に心配かけるし‥‥‥」
 「皆って‥‥‥‥私にですか?」
 「!?。そう‥‥‥ね。今はもういいのよね‥‥‥‥‥」


そういってまたアンジェリークはスプーンを口に運ぶ。


 「一度、大きな病院で検査をされた方がいいですよ」
 「‥‥‥‥そうね。でも原因はわかってるから‥‥、薬も効かないし」
 「薬も?。‥‥‥‥何か大きな御病気ですか?」
 「ううん!、そんなんじゃないの。ごめんなさい、心配をかけて。もう大丈夫だから」
 「本当に?」
 「ええ。側にいてくれてありがとう」


 そういってにっこりと笑いかけるアンジェリークの顔に、ヴィクトールは初めて異性を感じた。
それまでは”護衛の対象”としか見ていなかったのだが、優しく笑う彼女に
不覚にも”どきっ”としてしまった。しかしなんとかそれを隠して、空になったカップをソーサーに戻す。
アンジェリークに気付かれない様、深呼吸をして気分を落ち着かせながら
頭の中で動揺した気持ちを消し去っていた。

 ヴィクトールは確かにアンジェリークの身分を聞いてはいなかった。
聖地で彼女が一体どんな事をしていて、どれ程重要なポストにいた人物なのか、
本当に知らされていなかった。
むしろそういった事柄は、護衛につく人間に知らされる事などまずない。
そこからどんな秘密が漏れてしまうとも限らないからだ。
 何時いかなる時においても、聖地の情報は外部にはもらしてはならない。
それが「王立」と名のつく施設に入った人間に、徹底して叩き込まれる規律だった。





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