失った心



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




彼女は泣きながら女王となり

泣きながら、その座を降りた。





 聖地を去るその日、彼女の荷物は大きなスーツケース1つと、小さなボストンバッグ1個。
忘れ物がないか、それまで長い時間を過ごした部屋の中を見てまわる。


 「陛下!、お迎えが参りましたけど‥」
 「違うでしょう?。もう陛下はあなた。私じゃないわ」
 「あ、すみません。‥‥まだ慣れなくて」


 自分の後継者たる金の髪の少女。自分と同じ名前を持つ新女王アンジェリーク・リモージュ。
そう言ってあどけなく笑う顔は、まだ女王の神々しさの欠片もない。
逆に、この親しみやすい笑顔で新しい時代を作っていくのだろう。


 「洋服はほとんど置いていくわ。サイズがあわないだろうけど着れるものもあるだろうし」
 「お荷物はこれだけですか?。私御持ちします」


 そう言って彼女はスーツケースを手に持った。服はあまり入っていないがその分、本や写真
選別に貰ったアクセサリー数種、下界で必要になるカードや財布などが入っていて
みかけよりはずっと重くなっているスーツケースを彼女は転がしていった。


 宮殿の前には馬車が用意してあり、従者が荷物をのせて馬車のドアを開けた。
馬車に入り込む前にアンジェリークは振り返り、リモージュの顔を眺める。


 「見送りはここまででいいわ」
 「でも‥‥」
 「いいの。あまり大勢で見送られるのも好きじゃないから」
 「本当に行ってしまわれるんですか?。私、何だか不安です」


そう言って笑顔は影に変わり俯いたリモージュの顔を、アンジェリークは覗き込んだ。


 「何を言ってるの?。あなたはもう立派な女王よ。私がいなくてももう大丈夫。
  それにロザリアもいるし、ディアもまだいるでしょう?。自信を持って」
 「陛下もどうかお元気で‥‥‥‥」
 「ありがとう」


 アンジェリークはリモージュの額に優しく別れのキスをして、ステップに足をかけた。
ゆっくりと閉められた馬車の中からリモージュとその後ろに控えている、
今まで自分の身の回りの世話をしてくれた、馴染みの女官たちにも笑顔を向けた。
馬車はゆっくりと動きだし、聖地と下界を隔てる門へと向かう‥‥‥。






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 門の前ではすでに数人が彼女を見送る為に待機していた。
彼女の無二の親友、すでに家族とも呼べるディア、そして彼女を知る者達、ジュリアス、ルヴァ。
”見送りはいらないと、あれ程言ったのに‥‥”と苦笑いを浮かべて馬車から降りると
3人の視線がアンジェリークに集まる。


 「‥‥あーアンジェリーク‥‥。‥‥あなたをこう呼ぶのは何年ぶりですかねぇ」
 「‥ルヴァ‥‥」
 「下界に降りても体だけは気をつけるのだぞ。そなたはもう少し自分を大切にした方がよい‥」
 「ええ、覚えておくわジュリアス」
 「アンジェリーク‥‥」
 「‥‥ディア‥‥」


ディアの目からはぽろぽろと涙が溢れている。それを拭いながら必死で笑顔を作っているが‥。


 「アンジェリーク、本当に行ってしまうの?」
 「ええ。こんなに長い間私に付き合ってくれたのにごめんなさい。先に下界に帰るわ。
  あなたはここで”彼”と幸せにね」
 「アンジェリーク!。ごめんなさい‥‥」
 「どうして?。大事な人を見つけたんでしょう?。謝る事じゃないわ」
 「‥‥‥‥アンジェリーク‥‥」


 その時、3人の肩の向こうに一つの影が近付いてくるのが見えた。黒い髪が風に揺れている‥。
この場に揃わなかったもう1人の彼女を知る者‥‥‥。


 「‥‥‥‥クラヴィス‥‥‥」


 アンジェリークの声に3人も振り返り、その姿を確認すると無言のうちに3人はアンジェリークと
クラヴィスを二人だけにした。


 「‥あ‥‥、見送りには来てくれないかと思ったわ。‥それでもよかったんだけど‥」
 「アンジェリーク‥‥‥‥すまぬ」
 「どうして?。あの子を選んだ事?。あの時の私と同じ”女王候補”のあの子を‥」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「ふふっ。ごめんなさい。意地の悪い言い方だったわね。本当に気にしないで。
  これでもわくわくしてるのよ?。下に降りたら何をしようかしらって」
 「‥‥‥‥アンジェリーク、お前はいつから人の目を見ずに話すようになったのだ?」


 アンジェリークはドキッとした。女王になった頃から視線をあわせるのが辛くて
絶対にヴェ−ルを取らなかった。その癖か未だにクラヴィスの瞳を真直ぐに見る事ができない。
目を伏せたまま何を話しても、クラヴィスに通じるわけがないのに‥‥‥。


 「ちょっと‥‥疲れてるだけ‥‥‥。色々忙しい数日だったから」


 その時、門の外側に迎えの車が到着した。黒いリムジンがエンジンをきらずに停車し
運転手が下りて一礼をした。
アンジェリークはスーツケースとボストンバッグを運ぶように伝えると、
運転手はそれを後ろのトランクへとしまい込み、後部座席の前に立ってアンジェリークを待っている。


 「‥‥‥‥‥‥もう行くわ」
 「‥‥‥アンジェリーク」
 「‥‥‥‥‥”幸せにね”クラヴィス‥‥‥」


 昨日の夜からずっと練習していた言葉は、上手く言えたかどうか解らない。
酷く声が掠れてしまったような気もするが、アンジェリークはそれも気にせずにリムジンへと振り返った。
 運転手がそれに合わせて後部座席のドアを開けた。その手前でアンジェリークは再び振り返り
自分を見送る4人に手を振って、リムジンの中へと乗り込んだ。

 運転手はドアを閉め運転席へ乗り込むと車を発進させ、その姿をいつまでも見送る4人の姿と
聖地の景色が段々と遠ざかっていくのを、アンジェリークはけして振り返ろうとはせず
車の中で堅く瞳を閉じていた。





→独り





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ふと思い付いた、あり得ないかもなカップル。
どーしてこうマイナーにばかり走ってしまうのかなぁ‥‥‥‥‥?。
しょうがないか、だって好きなんだもん。
もうしばらく続きますので、よろしければおつき合いください。まる。






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