サライタイ‥‥‥



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




あの少女がやってくる。
眩いほどの光を放ちながら‥
その光は目に見える光ではない。
少女の背中に感じる、女王特有のもの。
もう一人の少女よりもそれは強く、私に嫌な未来を予感させる。
ほら‥‥もう扉の向こうに‥。





 「こんにちは、クラヴィス様」
 「‥ああ、お前か‥‥」



 試験の話を数分した後、日の曜日の約束を取り付けて
嬉しそうな表情で帰ろうとするアンジェリークを私は呼び止めた。

 「お前さえよければ、もう少しゆっくりしていかぬか?」
 「はいっ!」

 こんな他愛もない誘いにも、お前はこぼれんばかりの笑みを見せる。
それは私の為だと、うぬぼれてもいいのだろうか‥‥

 アンジェリークが笑い、つられるように私も笑う。
その美しい瞳に私が写り、私の瞳にはアンジェリークが‥‥

 「もう、外も暗くなりそうだ。寮まで送ろう‥」
 「ありがとうございます。じゃあもう少し一緒にいられますね」
 「そうだな‥‥」

 私は先だって扉を開け、アンジェリークと共に歩き出した。
何かを喋るでもなく、ただ歩いている。お互いの空気を感じながら‥‥




 こんな時間がいつまでも続いてゆけばいい‥。
そう願うことさえ、無駄だと思えてしまうのに‥‥
‥‥どうしても願わずにはいられない。










 「あーどうしたんですか?ジュリアス」

 帰る途中のルヴァは執務室前の廊下で外を眺めている‥というよりは、
睨んでいるジュリアスに声を掛けた。
 しかし、ジュリアスにしては珍しく返事もしない。
不思議に思ったルヴァは近くまで寄ってジュリアスの見ている先に視線を送ると、
そこには女王候補生の為に用意された寮に、共に歩いていくクラヴィスとアンジェリー
クの姿があった。


 「あ〜、クラヴィスとアンジェリークじゃないですか〜」
 「‥‥‥」

 ルヴァには、少女の存在はクラヴィスにとって良い影響だと思った。
人との関わりあいを避ける傾向のあるクラヴィスを、あの少女は変えてゆく。
現に彼は以前よりも、表情豊かになった。
 あの二人を影ながら見守りたいと、ルヴァは思っていた。
自分よりも付き合いの長いジュリアスならなおさらそう思っているだろう‥‥と、ルヴァは思っていた。

 「最近二人でいるところをよく見かけますね」
 「そなた‥‥何か楽しそうだな‥」
 「楽しいというか、いいことではありませんか?
  あの少女がクラヴィスに良い影響を与えていると思うんですよ〜」
 「‥‥確かに‥‥。しかし、あまり良い事とは言えん!」
 「ジ‥ジュリアス?」
 「どうするつもりなのだ、あの者は!。まさか気付かんわけでもあるまいし!」
 「気付かない‥‥??とは、一体何にですか?」
 「そなたは気がつかんのか。ならばよい」
 「ジュリアス〜??」

 ジュリアスはそのまま背を向けて去って行ってしまった。
いつになくぴりぴりした空気を纏っているジュリアスに、ルヴァはおたおたとしてしまい
後を追い掛ける事は出来なかった。







 次の日、アンジェリークとディアはジュリアスの執務室にまで呼ばれ、
二人揃って話を聞く事になった。

 「用と言うのは他でもない、次の日の曜日なのだが二人とも空いているか?」
 「え?‥‥日の曜日‥ですか?」
 「そなた達二人のために時間を作ろうかと思うのだが‥」
 「ジュリアス様がわたくしたちのためにですか?」
 「ああ。そなた達は次代の女王となる為にここにいることは、
  二人ともすでに理解している事と思うが、惜しくも女王に届かなかった
  もう一人には、女王補佐官という役目が用意されている。
  これは本人の意思により選ぶ事もできるのだが、
  そなた達二人を見る限りで言わせてもらえば、どちらが女王となっても、
  どちらとも補佐官となる意思はあるだろう。私はそう思うのだが違うか?」
 「‥はい、ディアが女王になって私にその手助けができるなら‥」
 「まぁ、それはわたくしも同じよ。アンジェリーク」
 「ならば二人はこの先、女王陛下とこの聖地に関わってゆく決意があるということであろう。
  そうなれば、多くの事を知っているに越したことはない。
  私も平日だとゆっくり時間を作れんのでな」
 「まぁ、そうゆう事でしたらわたくし色々お話をお聞きしたいですわ」
 「アンジェリーク、そなたはどうする?」
 「あ‥あの‥‥」
 「具合が悪いのなら言ってみるがよい」

 アンジェリークはバツが悪そうに下を向いてしまった。
ディアはその顔を覗き込み、ジュリアスはアンジェリークの返答を待っている。

 (どうしよう‥‥クラヴィス様と約束があるからなんて言って断れないよ‥‥)
 「アンジェリーク?」
 「‥‥だ‥大丈夫です。私も伺います」
 「そうか、なら日の曜日に使いをだそう」
 「はい。お待ちしております」

 アンジェリークは結局、日の曜日に大事な用事がすでに入っている事をジュリアスに告げられぬまま
ジュリアスの申し出を受けてしまった。
 どことなく俯き加減のアンジェリークに気付かぬジュリアスではなかったが、あえて何も触れずに
その場はお開きとなり、ディアとアンジェリークはジュリアスの部屋から出てきた。


 「アンジェリーク‥‥どうかしたの?」
 「‥‥‥‥‥‥ううん、なんでもないの。
  私、クラヴィス様の所に用事があるから、あなたは先に帰っていてくれる?」
 「ええ、わかったわ。」


 宮殿の、夕刻になって薄暗くなった廊下を遠くに去っていくディアの後ろ姿を見送りながら
アンジェリークは、ジュリアスの部屋のすぐ隣クラヴィスの部屋の戸を叩いた。


 「‥‥アンジェリーク‥‥お前か」
 「‥‥‥クラヴィス様‥‥‥」

クラヴィスは一目でアンジェリークの気落ちした様子に気がつき、重厚な椅子から
重い腰を上げてアンジェリークの側まで近寄った。

 「‥‥どうかしたのか‥‥‥何があった?」
 「‥‥‥あの、私の方からお誘いしたのに申し訳ないんですけど、
  今度の日の曜日、用事が入ってダメになってしまったんです」
 「‥‥‥‥何故?」
 「ジュリアス様が、私とディアに聖地についてのお話をして下さる為に
  お時間を作って頂いたみたいで‥‥‥お断り出来ませんでした」
 「!!」
 「‥‥‥‥あの‥‥」
 「‥‥お前が気にやむ事はない。約束なら来週でもいつでも私は構わないのだから」
 「クラヴィス様‥‥」
 「私はまだやり残した事がある。外が暗くなる前に帰れ‥‥」

 クラヴィスは優しくアンジェリークの頬を撫でると、その手で金の髪をすいて
アンジェリークの気分を和らげるようにわずかに微笑みかけた。
 彼女を扉の外までエスコートして、静かに扉を閉めるとクラヴィスは珍しく
煮えるような怒りを胸に隣のジュリアスの部屋へと向かった。
ノックもせずに叩き開けて、机に向かって書類整理をしているジュリアスに詰め寄る。

 「‥‥‥‥‥いったいどういうことだ!」
 「ノックぐらいせぬか。品位を疑われるぞ」
 「‥‥どういう事だと聞いている!」
 「‥‥‥そなたが怒鳴り込んでくる事は予想していた。アンジェリークか‥‥」
 「日の曜日に女王候補を束縛するなど‥‥!」
 「女王陛下の許可は頂いておる。それでも何かいいたい事があるなら言うがよい」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 ジュリアスは手にしていたペンを置いて書類から手をはなし、
席を立ってクラヴィスと同じ目線で彼を見据えた。

 「クラヴィス‥‥、あの少女とこれ以上深く関わるのはよす事だ。
  あの少女はただの少女ではない。そうであれば私もこんな手は使わぬがな」
 「‥‥お前には関係のない事だ」

そう吐き捨てて扉に向かい背を向けたクラヴィスを、ジュリアスは追いかけて止める。

 「そなたももう気がついておるのであろう?。私でさえうっすらと感じているのだ。
  ‥‥‥アンジェリークは次代の女王となる」
 「‥‥‥‥‥まだ決まった訳ではない」
 「ならば、あの少女の背にうっすらと見える金の羽根は私の幻覚か?。
  ‥‥これは忠告だ。2度目はない」

 クラヴィスは振り返りも返事もせずに、ジュリアスの部屋を出ていった。
入ってきた時と同様大きな音を立てて扉を閉めて、暫くして隣の部屋の戸が大きな音を立てているのを
壁越しにジュリアスは聞いて、大きな溜め息を吐き捨てた。

 「‥‥‥‥そなたは信じぬやもしれんが、私とそなたは長い付き合いだ。
  そなたを心配する気持ちがない訳ではない。
  ‥‥‥もう遅いのかもしれんがな‥‥」

ジュリアスは机に戻って書きかけの書類を再びまとめ始めた。











 日の曜日、寮の前に一台の馬車が止まっていた。
桜色の髪の少女と金の髪の少女は休日という事もあって、二人共私服で馬車に乗り込んむ。
馬車はゆっくりと動きだし、開いている窓から気持ちのよい風が中を吹き抜けていく。
その風に髪を揺らしながら、二人は楽しそうにおしゃべりをしていた。

 到着した光の守護聖の屋敷で二人はジュリアスに迎えられ、屋敷の中に案内された。
試験には直接関係のない話もあったが、普段では聞く事の出来ない聖地の話や
過去の出来事など、長い事守護聖を勤めているジュリアスの口からこぼれる話は
ディアやアンジェリークを深く引き込んだ。

 昼食を御馳走になり、お茶を御馳走になって、二人が再び馬車で送られる頃には
外はもう赤く染まっていた。

 「ジュリアス様、今日は本当にありがとうございました。
  色んなお話をお聞き出来て、とても楽しかったですわ。」
 「そうか。明日からまた試験になるが二人とも頑張って欲しい」
 「はい。今日はありがとうございました」

 ジュリアスが従者に合図をすると、馬車はゆっくりと動き始めた。
それを小さくなるまで見送ってジュリアスは屋敷の中へと戻った。


 「今日は本当、楽しいお話をお聞き出来たわね。ね、アンジェリーク」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「アンジェリーク?」
 「‥あ!、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて‥‥」
 「一体どうしたの?。今日ずっとそんな感じだったわよ。何か悩みでもあるの?」
 「ううん!そんなんじゃないの‥‥‥‥‥」
 「‥??」

 そして馬車が寮についた頃にはすっかり暗くなっていた。
夕陽は沈み、少し欠けた月が聖地を照らしていて、ディアとアンジェリークの下には
黒い影が伸びていた。
 ここまで送ってもらったジュリアスの屋敷の馬車を二人は見送って
ディアは寮の中へと戻ろうとしたが、アンジェリークに動く気配がなかったのを
妙に思い、振り返って一言呼び掛けたが‥‥‥

 『ごめんディア!。私ちょっと出かけてくる』
 「ええ!?。こんな時間に一体どこに?」
 「本当にごめんなさい。すぐに戻るから心配しないで!!」

 そうアンジェリークはディアに向かって叫ぶと、言い終わらないうちに足は走り出し
月に照らされた小道を走っていった。










 その夜、クラヴィスはいつものように、特に何をする訳でもなく
せっかくの日の曜日を無駄に過ごし、昼間よく眠った所為か夜になってもいっこうに眠気は
襲ってこなかった。寝酒用のワインを少しグラスに注ぎながら自室の長椅子の上で
グラスの中に踊るワインを眺めていた。
 すると、こんな夜更けに来訪者のノックの音がクラヴィスにまで聞こえてきた。
こんな夜更けに屋敷を訪れる用事などさして気にもならずに、グラスに口をつける。
暫くして執事がクラヴィスの部屋の戸を叩く音が聞こえた。

 「クラヴィス様、こんなお時間に申し訳ありませんが‥‥
  女王候補様がいらっしゃってますが、どうなさいますか?」
 「!!」

”女王候補”という言葉にクラヴィスは反応した。

 「お時間がお時間なだけに、お断りしたのですがどうしてもといわれまして‥‥」
 「かまわぬ」
 「‥‥では、こちらにお通ししてもよろしいので?」
 「‥‥‥ああ」
 「かしこまりました」

 クラヴィスの返事を聞いて執事は再び一階の玄関ホールへと降りていった。
再び暫くしてから、今度は二人分の足跡が段々と聞こえてきて、クラヴィスの心臓は
大きくなる足音と共にばくばくと脈打ち始めた。

 ‥‥かちゃり‥‥‥と扉が開いた。

 「‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥]
 「‥アンジェリーク!!」

そこには肩で息をするアンジェリークの姿があった。

 「‥…一体どうしたのだ、このような時間に?」
 「‥あの、今日ずっと気になって仕方がなかったんです」
 「‥‥何をだ?」
 「‥…その、クラヴィス様のお顔が見たくて‥‥」
 「!!」
 「こんなお時間に押し掛けて、迷惑なのはわかってるんですが‥‥
  どうしても‥‥‥逢いたくて」
 「アンジェリーク‥‥」
 「変ですよね?。明日になればまた会えるのに‥‥‥。
  でも、お逢いして頂いてとても嬉しかったです‥‥。あの、これで失礼します。
  おやすみなさい‥‥」

 伝えたい事だけを言って振り返って帰ろうとするアンジェリークを、クラヴィスは
後ろから抱きとめた。
 いきなりの事にアンジェリークは固まるばかり‥‥‥

 「あの‥‥‥クラヴィス様?」
 「‥‥‥しばらくこうしていてもらえるか‥‥」
 「‥…クラヴィス様‥‥。私寮から走ってきたので汗くさいですよ?」
 「構わぬ」

 自分の小さな両肩を抱き締めるクラヴィスの腕に、アンジェリークはそっと自分の手をそえた。
廊下の奥の向こうにある時計の針の音だけが、こちこちと聞こえていたが
まるで時間が止まっているかのような錯覚を、アンジェリークもそしてクラヴィスも感じていた。

 背中越しに感じるクラヴィスの鼓動。
抱きしめた両腕から伝わるアンジェリークの鼓動。
瞳を閉じてそれをじっと身体で聞いていた。
 いつしか、クラヴィスはその金の髪に顔を埋めて、
アンジェリークはクラヴィスの吐息を聞きながら、クラヴィスの気がすむまでじっとそこに佇んでいた‥‥‥







その背の光を羽根に代えて、やがて少女は遠く離れて行くだろう。
しかしだからといって、止まる事のないこの思いを
消える事のない‥‥この想いを
どうすればよいのだろう






私にはもう止められぬ。
彼女を手にいれたい。
アンジェリーク





私だけの天使に‥‥‥




■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■END




キリ番「800」を申告してくれたいちごさんのリクで
「クラ×前女王の女王試験中クラが振られる前で、クラが未来を薄々感じつつも
気持ちを抑えきれないって感じで・・切ない系」
ということでした。
副題で「クラの心情重点で・・ジュリなんかも絡んでくると」なんてのもりくして頂きました。
なんか‥‥ジュリアスがものすっご、お邪魔虫なんですけど。
嫌なやつになってしまいましたね、公私混同で。
でもそれも、後に傷付くクラヴィスを心配してこその「兄心」みたいなものだと思って下さい。
実際ジュリアスはそんな感情をクラヴィスに対して持っているような気もしなくもありません。







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