小さな想い |
KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
=女王陛下。こちらの書類に目を通して頂きたいのですが‥‥‥。 =女王陛下、こちらにサインを頂けますか?。 =女王陛下、明日の御予定なのですが‥。 私は自分で女王になる事を選んだ。この与えられた役目に誇りもあるし、責任感も持ってる。 でもそれとこれとは話が違う。 =女王陛下。 =女王陛下。 =女王陛下。 もうたくさん!。私の名前は「女王陛下」じゃない。 誰か!。‥‥‥‥‥‥‥‥誰か、私の名前を呼んで‥‥‥‥。 [陛下、どうかされたのですか?。] 「ディア?」 いけない。彼女の前では気を抜けないわ。 「何でもない」 しっかりしなくちゃ。 でも‥‥‥‥‥‥‥このままじゃ、私自分の名前を忘れてしまいそう‥‥。 誰か‥‥‥私の名前を呼んで‥‥‥‥。 今夜は月が綺麗‥‥‥。まるで落ちてきそうな程大きな満月だわ。 皆が寝静まった後の真夜中の散歩は、結構日課になってる。 この時間なら起きている人は誰もいない。森の木々や庭園を吹き抜けるそよ風も眠っている時間。 今日は‥‥‥‥‥‥森の湖に行ってみようかしら。 「‥‥‥‥‥‥‥きれい‥‥‥」 湖に大きく写る月が月光を反射して、夜の木々を照らし出してる。 幻想的な風景‥‥‥。 「‥‥はぁ‥」 私は湖の縁に座り込んで、足を水に浸した。ひんやりと足が冷えてくるけどそれがとても気持ち良い。 時折水を蹴りあげて、水面に写る月を揺らした。 静かに耳をすましても鳥達の寝息も風の音も何も聞こえない。足を揺らす度に水の音が響くだけ。 どれだけ時間が過ぎたのか、月はずいぶん傾いて水面の上から離れていった。 私は足を水の中からあげると立ち上がって、振り返った。 「‥‥‥‥‥‥?。誰?」 そこには確かに人影があった。でも月光を遮った木の影の中に立っていて姿までははっきりと見えなかった。 こんな時間に人に出逢うなんて‥‥。明日からはもう少し遅い時間に出てこなくちゃいけないわね。 でも普段はヴェ−ルで顔を隠してるから私が女王だって事は知らないはず‥‥‥。 上手くごまかせるわ。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 ここに立っていても仕方がない。私はゆっくりと歩き出した。 段々とその黒い姿に月明かりが当たる。足元からゆっくりと見えてきたその人は。 「クラヴィス!!」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 思わず歩みが止まる。頭の中が真っ白になってどうしたら良いのか何も浮かんでこない。 このまますれ違うのも不自然。昔のように声をかけるのも不自然。何を話したらいいの?。 どうしたら‥‥‥‥‥‥。 「‥‥‥‥‥‥女王陛下がこのような時間にこのような場所にいるなど‥‥‥」 「(女王陛下!)‥‥‥‥‥そうね、ごめんなさい。すぐ戻ります」 ‥‥‥‥そうよね。何も慌てる事なんてないのよね。女王陛下。それが今の私。 女王陛下と守護聖。今の私達に、それ以外の関係なんてないのだから‥‥。 私は視線をあわせないようにしてクラヴィスとすれ違った。 後ろを振り返る勇気なんて‥‥‥‥ない。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥グスッ‥‥‥」 やだ涙が出てきちゃった。今さら‥‥‥‥‥‥‥。 「近くまで送ろう‥‥。‥‥‥‥アンジェリーク」 「!!!」 ”アンジェリーク”。驚いた拍子に無意識に振り返ってしまった。涙の流れるままで。 「‥‥今なんて?」 「‥‥‥‥‥その、大人気ない事をした。お前が女王候補としてどんな考えを持っていたか 私は理解していたはずなのに‥‥‥‥‥」 「‥‥‥クラヴィス様‥‥‥。あなたはいつも、わたしが欲しい言葉をくれるんですね」 「‥‥‥言葉?」 「ううん、なんでもありません。私なら平気、部屋までまっすぐ帰るから‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥」 私はまた振り返りクラヴィスに背を向けて歩き出した。 ”アンジェリーク”って、名前を読んでくれただけでもう十分。
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