再会・再愛



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




少女は走っていた。碧くおおい茂る森の中を。額に流れる汗を拭う暇もない程に。


 「まだ逢える時期じゃない。追い返されるかも知れない。でも逢いたい。
  ずっと封じていた思いを打ち明けたい。あの人が変わらずにいてくれたら
  きっと私を受け入れてくれる…」


逢いたい。逢いたい。逢いたい。そればかりが、少女の胸の中を支配していた。

 彼女の名前は、アンジェリーク。
宇宙の滅亡の危機がせまる数年間の間、女王を務め、後任の新女王の即位式を終えた次の日。
引き継ぎを終え、新女王の戴冠式を迎えるまで
彼女の名前にはまだ、「女王」という肩書きがついていた。
 彼女の想い人の名前は、クラヴィス。
宇宙を支える女王陛下に仕える守護聖の一人。「安らぎ」をもたらす「闇」の守護聖。








◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆





 その夜、クラヴィスは眠れずにいた。今日に限った事ではなかった。
新しい宇宙が生まれた時、古き宇宙と身をともにした女王。
その人はかつて愛した人であり、別れた人であり、忘れ去ろうとした人。
永遠とも言える距離で引き離されてしまった事に、ショックを受ける自分。
そして再び再会できた事に安堵を感じる自分。その両方に戸惑っていた。


 「忘れ去ったはずなのに、どうしてこうも心が揺らぐのか。
  何故こんなに心が乱れるのだ。なぜ?…」


 ここ数日、何度も問いかけるがそれらしい答えは出てこない。
いや、辿り着きたくない答えを無視しているといった方が正しいだろう。

その時ふと窓から音がする。


コン、コン。
 「クラヴィス様、いらっしゃいますか?私です。アンジェリークです」


聞き覚えのある声。カーテンを開けると、まぎれもなくここ毎晩の悩みの種だった。


 「お前は‥‥.。こんな時間にこんなところで何をしている?
  …いや、それよりどうやってここへ‥‥」


 この部屋は2階にあり、ベランダには階段などなかった。庭に茂る木々の枝が
ベランダに1メートル程を残してたれている。まさかここを?
意を決した真夜中の訪問に通常と変わらぬ答え。
アンジェリークはふっと緊張が緩み笑みがこぼれた。


 「もうお忘れになったんですか?私の趣味を」


 そういわれて思い出す。彼女がまだ女王候補生だった頃、人目を避けて
つきあっていた時は、もっぱら人気のない森の中が、待ち合わせ場所になっていた。
クラヴィスは、彼女より早く待ち合わせの場所にきた事がなく
彼女は大抵、木の上にいた。見晴しがよくて、葉の隙間から顔にさす光が好きだから、と
よくもらしていた。


 「そうであったな‥‥。で、こんな時間に何をしにきたのだ。」
 「‥‥あの‥‥‥その‥‥」


 何を伝える為にきたのか、そればかりを考えていたはずなのに、いざとなると
頭の中が真っ白になって何も言葉が出てこなかった。


 「用がないのなら、もう帰れ。私は機嫌が悪い」


 そう冷たく言い放ち、背中を向けたままドアに向かって歩きだしたクラヴィスに
アンジェリークは思いきって口を開けた。


 「あの!私、自分の気持ちを伝えにきたんです。
  ‥クラヴィス様、愛してます!あの時と同じ気持ちで‥‥」
 「‥‥あい‥だと?馬鹿らしい事だ。そんな事をいいにきたのか。
  ならばもう帰るがよい。用はすんだだろう」


そういうと、さっさと帰れと言わんばかりにクラヴィスは部屋のドアを開けた。


 「待って下さい!!本当ならあの時、即位式の前にお伝えしたかったのに
  クラヴィス様、お会いになってくれなかったじゃないですか?!」
 「お前は私でなく、女王になる事を選んだ。それで十分だ」
 「でも、何故女王になる事を選んだのか、その理由くらい聞いて下さっても
  いいんじゃありませんか?」
 「聞く必要などない」
 「クラヴィス様!!」


 興奮し一歩も動く気配のないアンジェリークに対し、クラヴィスは
半ばあきらめた気持ちでドアを閉め、いすに腰掛けた。
とりあえずは話を聞いてくれるらしい。そう悟ったアンジェリークは
大きく深呼吸をし、一呼吸おいて話しはじめる。


 「あの時、ずっとそばにいてほしいと言って下さったクラヴィス様の言葉
  とっても嬉しかったです。はい、と答えた気持ちにも嘘はありません。
  ただ思ってしまったんです。このままでいいのか、と。
   クラヴィス様に守られて、愛されて、それはきっと幸せなんだろうけど
  このままでは、私はクラヴィス様に何かをしてもらうばっかりで
  何もかえせないんじゃないかって」
 「それと女王になる事とどう関係があると言うのだ」
 「私は、守られるだけの女になりたくなかったんです。
  何かあった時はクラヴィス様を守って、支えられる人間になりたかった。
  手をひかれて後ろを歩くのではなくて、手をつないで、隣を歩くような‥‥。
  でも、それだけの人間に成れる自信が、あの頃の私にはなくて‥」
 「‥‥‥‥‥」
 「広い宇宙をたった一人で支える、女王という役目を務め上げる事ができれば
  あるいはそんな自信がつくんじゃないかって‥‥」
 「それで女王になる事を選んだと言うわけか‥‥。
  それを聞かせて、今さら私にどうして欲しいというのだ?」
 「クラヴィス様。今、私の事、どう思ってらっしゃいますか?
  私の気持ちは今お話した通りです。
  クラヴィス様の今のお気持ちを聞かせて下さい」


 そう聞かれてクラヴィスはドキッとした。その答えこそがここ数日
クラヴィスも求めているものだったからだ。そしてその答えは未だ出ていない。


 「‥‥クラヴィス様、こんなに長い間ずっと音沙汰無しで、今さらこんな事
  調子が良いのは私も解ってるんです。
  嫌いになってしまったのなら、そうハッキリと聞かせて下さい!
  でなければ私はどこへも進む事が出来ないんです。
  私の事をまだ想っていて下さるのなら、あの時の約束を果たさせて下さい。
  もし嫌いになってしまったのなら、私の中のクラヴィス様への想いを
  断ち切って下さい!」


 そう言われてクラヴィスは固まった。
はっきりいって彼女の事を恨んだ時期さえもあった。
忘れてしまえと思う事も、彼女の事を思い出す自分に腹がたつこともあった。
 しかし、嫌いになってしまえと思った事はなかった。出会った事を後悔する事も
愛を告げた事を悔やむ事もなかった。
それがどういう意味なのか、その答えに辿り着くには、もう少し時間が必要だった。
永い沈黙を先にやぶったのはアンジェリークだった。


 「‥‥結局何も言ってはくださらないのですね‥‥」


 声の主を見上げると、大粒の涙をこぼしていた。
アンジェリークの泣き顔をみたのは初めてで、心が傷むのを感じた。
クラヴィスの無言の答えに、たえきれなくなったアンジェリークは
大声で泣き出してしまいそうな気持ちを押さえ、足早に部屋を出ていった。








◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆





独り部屋に残されたクラヴィス。言い様のない不安が彼をおそう。


 「なんなのだ?この感情は‥。‥‥わたしは‥‥」


   …私の中のクラヴィス様への想いを断ち切って下さい!…
断ち切って欲しくない。8年間消える事のなかった私への想いを。私は‥私は‥。


 「‥‥私は‥アンジェリークを‥まだ‥‥あいしている‥‥」


 一度口にしてしまうと、数日間悩んだのが馬鹿らしい程
あっさりと気持ちの整理がついた。だんだんと今の状況が理解できてくる。
 泣きながら飛びだしていったアンジェリーク。後を追わなければ‥‥
すぐにでもこの気持ちを伝えなければならない。
彼女が自分から断ち切ってしまう前に‥‥








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 アンジェリークは泣きながら家路についていた。

今までの私はなんだったのだろう?一生懸命頑張ってきた。
ディアの支えもあって、必死になってここまできた。
全ては、あの人につり合う人間になりたかったから。
そう成れたと思えたはずだったのに‥‥。
何がいけなかったのかは、解っている。全ては私が悪かったのだ。
あの時、疑問を打ち消してでもお側にいればよかった。
そうすれば、この考えが単なる我がままに思えたかも知れない。
私はクラヴィス様を裏切ってしまったんだ。もう、あわせる顔もなかったのに‥‥‥


 「アンジェリーク!!」
 「?」
 「待ってくれ!アンジェリーク」


 思いも寄らぬ声に、アンジェリークは足をとめた。
その声はまぎれもなくクラヴィスだった。


 「‥その、すまなかった。私はあの時、
  お前が女王になると言った時、お前を信じられなかった。
  所詮本当に愛されてなどいなかったのだと、お前の愛を疑ってしまった。
  今日、お前が私を訪ねてきた時も、どうせまた気紛れだと‥‥。
  大事なのはお前がどう想ってくれているかではなくて
  私がどう想っているかだったのに‥‥‥‥
   アンジェリーク‥‥‥‥、私の事をまだ想ってくれているのならもう一度、顔を見せて欲しい。
  そして戴冠式を終えたらこんどこそ、私のそばにいてくれないか‥?」
 「‥‥私の事をおもってくださるんですか‥‥?」
 「もちろんだとも、アンジェリーク。あの頃よりも、愛している‥‥」


 振り返ったアンジェリークの顔は、前にもまして涙でぬれていた。
泣き止ませる為に言った言葉が、かえって泣かせてしまう羽目になってしまった。


 「アンジェリーク‥‥。もうそんなに泣かないでくれ。
  泣かせたくて言ったわけでない」


 言えば言う程、ブルーグリーンの瞳から大粒の涙がこぼれた。
どうしていいか解らなくなってしまったクラヴィスは
そっとアンジェリークの背中に腕をのばした
 優しく抱き寄せると、次第にアンジェリークの顔から涙が消えていった。
月明かりの下で、8年間離ればなれだった気持ちを繋ぐかのように
1度、2度と軽くキスをかわす。
二人の気持ちが今またしっかりと一つになった事を目と目で確認しあうと
二人は屋敷に戻り、数年分の気持ちを一気にはらすように抱き合った。








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 新女王の戴冠式を迎えるまでの二ヶ月弱の間、引き継ぎに追われるアンジェリークは
クラヴィスとゆっくり逢う時間もままならなかったが、
一つに繋がった感覚がずっと消えなかった。



二人はやがて未来の話をする。
クラヴィスのサクリアが衰え、聖地を離れる時がきたら、
暖かい土地に、小さい家で二人暮らす事を。
子供を産み、共に老いて、命が召されるその瞬間まで、共にありたいという事を‥‥。





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初書き作品です。これはもう一番最初のクラヴィス&アンジェリークイメージで
こてこてに仕上がっております。兎に角この二人のハッピーエンドなお話が
読みたくて読みたくてたまらなかった頃ですね。






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