人魚姫



KIEFER ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 「アンジェリーク。毎日毎日重ねて言うようですけど、あまり陸に近付いてはいけませんよ。
  人間に見つかればどんな酷い目にあわされるか‥‥。あなたは‥‥」
 「‥あなたは私の跡を継いで一族の長になる大切な身体なのですから‥‥‥。
  もう耳にたこができそうです」
 「アンジェリーク」
 「はあい。よ〜くわかってます」


 その日もアンジェリークは皆の目を盗み、陸に程近い海面まで泳いでいた。

 先代の長の忘れ形見であるアンジェリークを、リュミエールは時には親として
時に兄として見守ってきた。亡き兄の跡を継いで長になった今も
その座を、正当な後継者であるアンジェリークに早く譲りたくてうずうずしている。

 そんなリュミエールの気持ちを知っていながらもアンジェリークは
先代の血をひいているというだけで長になるという事に抵抗を感じていた。

 ふと、目の前を両の手程の水晶球が横切った。
沈んでいく水晶球を手に取り、落ちてきた方向を見上げると
誰かが水の中を覗き込んでいる影が揺らめいていた。






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 その日クラヴィスは1人で海岸を歩いていた。

 亡き父王の跡を継ぎ王位に就いて数年が経っていた。
異母兄のジュリアスは国王となった自分を補佐する立場に自ら就き
日々口煩い小言が絶えない。
 ジュリアスの目を離れ、母の形見の水晶球を持って息抜きにと外にでたのだが
ふとしたはずみで形見の水晶を海の中に落としてしまい、途方に暮れていた。
 海面を覗き込んでいると金色の影が海の底から浮き上がってきた。






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 「!」
 「!」


 アンジェリークが水の中から顔を出すと、そこには紫黒の髪と瞳の青年がいた。
アンジェリークはその瞳に心を奪われ、一瞬で恋に堕ちた。
ふるえる胸を抑えて水晶を手渡すと、心の内とは裏腹に逃げるようにその場を去った。

 クラヴィスは水の中から現れた女性に見とれていた。
金の髪、白い肌、彼方の海のようなブルーともグリーンともいえる瞳‥‥。
その全てがクラヴィスの目を引き付けて放さなかった。
手渡された水晶の冷たさに我にかえると、去っていく女性を見て驚いた。
ひるがえして水の中に消えていく尾ビレ。

 この海には人魚が住むという伝説があったが、クラヴィスは下らないよた話と
信じてなどいなかった。人魚は男でも女でも見るものの目を捕らえて放さない。
夢現の中にいる内に、水の中に引きずり込むという、少々恐い話だった。






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 アンジェリークは早くなる鼓動を抑えながらも海底に帰った。
しかし頭に浮かぶのは人間の青年の事ばかり‥‥。
いつもと様子の違うアンジェリークに、親友のディアが話しかけてきた。

 「アンジェリーク。どうしたの?。いつもと様子が変よ」
 「ディア‥‥‥。私‥‥、好きな人ができたの‥‥」
 「えっ!?。誰なの?。私も知ってる人?」
 「いいえ‥‥。‥‥‥ねぇディア。‥人間になるのってどうすればいいのかしら?」
 「人間??。まさか‥相手は人間なの?」
 「そうよ」
 「ダメよ。それだけは止めておいた方がいいわ。人間と人魚なんて上手く行くはずも無いもの」
 「それでもかまわないの。もっとあの人の近くにいたい。
  あの人と同じ陸に上がってみたい‥‥。あの人の側に‥‥」
 「アンジェリーク!!」


 反対し引き止めるディアを後に、アンジェリークは一族の住む所から
少し離れた所に住む魔法使いを訪ねた。
知らない事は何も無いとまで言われる魔法使いなら、何か助言をもらえると思ったからだ。


 「魔法使い!!。いるんでしょ?、魔法使い」
 「おやおや〜。お客さんとは珍しいですねぇ。私に何かご用ですか?」
 「魔法使い。頼みがあるの。私が人間に成れる方法を知っていたら教えて!」
 「不粋な呼び方ですね〜。私には”ルヴァ”というきちんとした名前があるんですが‥‥」
 「ねぇ、お願いだから人間に成れる方法を教えて!?」
 「‥‥人間にですか‥。無い事は無いんですが、あまりお薦めはでき無いですよ」
 「私どうしても人間になりたいの!。お願い、ルヴァ」
 「‥‥以前作った失敗作なんですが‥、完璧なものではありませんし‥」
 「どうするの?」

 「その薬を飲む事で、水の中から外での暮らしに身体が対応できるようになります。
  ひれが足に変わり歩く事も可能ですが、足が地に触れる度に激痛が走ります。
  薬に使った成分の所為で声もつぶれますし‥‥。声は一時的なものですがね。
  何よりも、人間になるという強い望みが絶たれた時には人魚に戻る事も出来ず
  人間でもいられず、死んでしまいます。
  悪い事は言いませんから、あきらめた方がイイですよ」
 「あきらめるなんて出来ません!。諦めるくらいなら死んだ方がマシです。
  お願いします。その薬を私にください!!」

 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥わかりました。そこまで言うならお譲りしましょう。
  ただし、私からもらったという事は誰にも言わないで下さいね」
 『ありがとうございます!!」
 [薬は陸に上がってから、一気に飲み干しなさい。
  とても苦しいと思いますが、それに耐えられればかりそめの人間になれますから」


 アンジェリークは魔法使いのルヴァからもらった薬を持って陸へと急いだ。
紫黒の君と出会った海岸から少し離れた砂浜の浅瀬に乗り上げると
きつい匂いのする薬を一気に飲み下した。
その薬はまるで針を飲み込んだような痛みをアンジェリークに与えた。
うっすらと途絶える意識の中で、アンジェリークはすらっとのびる白い足を目にした。






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 「‥‥陛下‥‥‥陛下。‥‥‥‥‥。
  クラヴィス!!。そなた私の話を聞いているのか!?」
 「‥‥ああ‥‥」
 「どうしたというのだ‥。私の話に集中しないのはいつもの事だが今日は特に上の空ではないか。
  ‥‥昨日、そう昨日、また私の目を盗んでふらりと消えたあたりから様子がおかしい」
 「なんでもない」
 「ならよいのだが‥‥。今は大事な話の途中だ。もう少し意識をこちらに向けてくれねば困る」

 ジュリアスの言葉もどこ吹く風‥‥。
クラヴィスの頭の中は昨日出逢った人魚の事でいっぱいだった。
一度、しかも一目見ただけなのに、何故こうも心が乱れてしまうのか。
こんな気持ちは今まで経験した事がなく、どうしていいのか持て余すばかり。
そんな心の中で一つだけ確かな事は、”もう一度逢いたい”という気持ち‥‥。


 「!!!クラヴィス!!。いい加減に‥‥」
 「少し外の空気をすってくる。話はまた後で聞こう」
 「クラヴィス!!。待たぬか!」


 ジュリアスが止めるのも聞かずにクラヴィスは部屋を出、外へと向かった。






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 「おはようございます。陛下」
 「少し外へでてくる」
 「では御一緒に‥‥」
 「下の海岸を歩くだけだ。供はいらぬ」
 「はっ」


 護衛として後を追う警備隊長のオスカーを制止させて、1人城外の砂浜を歩いた。
海風は気持ちよく、ざわめいた心を落ち着かせるのにはちょうどよかった。

 しかし歩いている内にとんでもないものが目に飛び込んできた。
昨日の人魚と同じ髪が砂浜に流れていた。
まさかと思いながらも近付くと、一瞬で焼き付いた人魚の姿そのものだった。
だが、倒れていた女性には足があった。
 昨日見たのは見間違いだったのか‥、それとも別人なのか‥。
クラヴィスは倒れていた女性を抱きかかえると、城へと引き返した。






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 「オリヴィエ。オリヴィエはいるか」
 「あ〜ら珍しい。陛下がわざわざここに来るなんて。‥‥?。どうしたの、そのコ?」
 「下の砂浜に倒れていたのだ。手当てを頼む」
 「いいわよ。見た所たいした怪我も無さそうだし、たいした事ないでしょ」
 「意識が戻ったら呼んでくれ」


 クラヴィスは女性をオリヴィエに預け、部屋をでた。
するとそこには眉間にしわを寄せたジュリアスが立っていた。


 「一体どういうつもりなのだ?。今がどんな時期かそなたもよく判っているであろう。
  隣国の姫との婚儀まで後一ヶ月もないのだぞ!。それなのに場内に女性を連れ込むとは‥‥」
 「倒れている女性を放っておく事もできぬであろう」
 「‥‥それもそうだが‥‥」
 「お前は気にし過ぎなのだ」
 「そなたが気にしなさ過ぎなのだ」


 ジュリアスは胃のあたりを抑えながら、途中になった話の続きを歩きながらし始めた。






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 意識を取り戻したアンジェリークはその目に映るものに驚いた。
天涯付きのベッド、広い部屋、高そうな家具に調度品、
その全てが初めて目にするものであった。

 アンジェリークは自分に掛けられたシーツを恐る恐るはがすと
そこには白くスラッとのびる2本の足があった。
そっと触れてみると、手にはまるで水に触るようにしっとりと吸い付く肌の感触。
足にはまるで、焼けただれた傷口に触るような激痛が走った。


 ‥足が地につく度激痛が‥‥‥。

 (‥‥平気。本当に人間になれたんだもの。これくらい我慢できる‥‥)
 「あら。気がついたみたいね。気分はどう?」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「どこか痛い所はある?」
 「‥‥‥ア‥‥」
 「あら?。声、どうかしたの?。顔に似合わずすごい声。まさか地声じゃないでしょう?」


アンジェリークはふるふると首を降った。


 「ふうん。砂浜で倒れてたっていうから、海水でのどを痛めたのね‥」


 その時、ノックもなしに1人の男性が部屋に入ってきた。
その人物を見てアンジェリークは固まった。
海岸で出逢った紫黒の瞳の君。


 「オリヴィエ。娘の様子は‥」
 「たった今気がついたとこよ。のど痛めたらしくて酷い声してるけど他は今の所なんとも」
 「そうか‥」
ドサッ!!
 「‥‥アウッ‥!」
 「どうしたの?」


 アンジェリークは驚きのあまりベッドから転げ落ちてしまった。
急にベッドの上から消えたアンジェリークに、クラヴィスとオリヴィエは駆け寄った。
アンジェリークはクラヴィスの顔を見つめたまま赤い顔で固まっている。
クラヴィスはそんなアンジェリークの態度から、彼女が海で逢った人だと確信した。

 「大丈夫?」
 「そう怯えずともよい」
 「?。陛下、知り合いだったの?」


 アンジェリークをベッドに戻そうと抱き上げた瞬間、アンジェリークの顔が苦痛に歪んだのを
クラヴィスは見逃さなかった。


 「どうした。どこか傷むのか」


アンジェリークは赤い顔のままフルフルと顔を横にふった。


 「オリヴィエ、この娘の面倒を頼む」
 「いいわよ、まかしといて。きれいな髪に整った顔だち、きめ細やかな肌‥‥。
  いじりがいのあるコだもの。とっときのレディーにアタシがしてあげる」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「‥‥‥‥‥‥‥オリヴィエ。普通に頼む」






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 アンジェリークが人間になってから数週間が過ぎた。
クラヴィスをはじめ、オリヴィエ、オスカーなど城内のものは何かとアンジェリークを気にかけ
優しく接してくれたが、ただ1人ジュリアスだけはいぶかしそうな目でアンジェリークを見ていた。


 「‥‥オリヴィエ‥サマ」
 「んん、なあに」
 「ジュリアス様ハ‥私ノ事キライ‥‥ナノ‥カナ」
 「ん〜、嫌いっていうより陛下の事を心配してるのね」
 「シンパイ‥?」
 「隣国のプリンセス・リモージュとの婚儀まで、後一週間もないってのに
  あんたばっかりかまってるから‥」
 「コンギ‥‥ッテ?」
 「結婚の事よ。ずっと一緒にいるって約束をする儀式ね」
 「‥‥ズット‥‥‥」


 その時アンジェリークは心の中に暗い闇が広がっていくような感じがした。
自惚れていた訳ではないが、陛下が優しくしてくれるのは少しでも
自分の事を好きでいてくれるからだと‥思っていたのに‥‥‥。
将来を約束した女性がいたなんて‥。

 注意深く城内を見渡せば、どこも婚儀に向けて準備が進んでいた。
アンジェリークは動揺を隠しきれなかった。


 「どうしたのだ。今日は顔色がよくない。‥‥‥具合でも悪いのか?」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
  (聞いてみたい。私の事をどう思っているのか‥‥‥‥でもはっきりした答えを聞くのが恐い。
   結婚をする女性がいるのに、私の事を好きでいてくれる訳なんて‥‥‥)


 アンジェリークは不安を隠して笑顔をつくのが精一杯だった。






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 夜が更けて城内が寝静まった頃、アンジェリークは1人海岸へ赴いた。
傷む足を海に浸しながら、ぼーっと海を見つめていた。


 (‥‥そうですか‥‥わかりましたと、きれいに諦められればイイのに‥。
  でもダメ。どうしても陛下の事が好きなの。
  でも、どうしたらいいの?。‥‥もう私、わからないよ‥‥)


 その時、海面が微かに揺らぎ底の方から影が浮き上がってきた。
そして現れたその人物は‥‥。


 「ディア!?」
 「やっぱり!。アンジェリーク」
 「‥ドウシテ、ココニ?」
 「あなたを迎えに来たのよ。一緒に帰りましょう?」
 「‥‥ワタシ‥‥」
 「辛い恋をしているのでしょう?。以前のあなたとは別人のようよ。
  みんなも‥‥私も、リュミエール様も心配しているわ。
  ね?。一緒に帰りましょう」
 「カエレナイワ‥‥。モウ人魚ニハモドレナイモノ‥‥」
 「大丈夫。ルヴァからこれをもらってきたの」

ディアは短剣を取り出した。

 「これで相手の胸を突いて剣先についた血を飲めば、薬の効力は消えて
  人魚に戻れるわ」
 「‥‥‥デモ‥‥」
 「決心がついたらいつでも戻ってきて。待ってるから‥‥」

 ディアは短剣をアンジェリークに握らせると海の底へ戻っていった。
呆然と短剣を見つめるアンジェリーク‥‥。

 (これを突き刺せば辛い想いも忘れられる?。海へ‥‥みんなの所に帰れる‥)

 アンジェリークは短剣をドレスの陰に隠し城へと戻った。






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 クラヴィスの寝室に忍び込んだアンジェリークはベッドの横に立ち
陛下が眠っているのを確かめると、その胸に剣先を立てた。
ふるえる両手に必死で力を込め、クラヴィスの寝顔を見つめた。


 (‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥デキナイ‥。やっぱり出来ない‥‥)


 アンジェリークは短剣をひくとそのままバルコニーへ歩いて行きへたり込んだ。
ぽろぽろと涙があふれだし、声を殺して泣きはじめた。


 (陛下には幸せになって欲しい‥。その幸せに私は必要無いのなら‥‥。
   辛いけど‥‥嫌だけど‥‥私が消えるしか‥‥)
 「なぜ‥」
 「‥?!」
 「何故殺さぬ。その為に私に近付いたのであろう?」
 「‥‥チガウ‥」
 「では何故?」
 「結婚スルッテ本当デスカ?」
 「‥‥あぁ」
 「ナラ何故私ニ優シクスルノ?。私勘違イシテシマウ‥‥。
  ズット一緒ニイル約束シタ人ガイルノニ‥‥何故優シクスルノ?」
 「それは‥‥」
 「コナイデ!」


アンジェリークは手に持っていた短剣をクラヴィスに向けた。


 「私陛下ニ逢イタクテ、人間ニナル苦シイ道選ンダ。
  デモ側ニイラレレバモット‥モット欲シクナル。私ノ事ヲ好キニナッテ欲シイッテ‥‥‥。
  デモソレガ叶ワナイノナラ、側ニイルトヨケイ辛イ‥‥。
  デモコノママジャ海ニモ帰レナイ‥‥‥。
  陛下ニコノ剣ヲ刺セバ、人魚ニ戻ッテ海ニ帰レル。デモ、ソレモ出来ナイ‥‥‥。
  コンナ気持チノママ生キルグライナラ!!」
 「待て!!」


 アンジェリークは剣先を自分の喉元に向け、一気に突いた。
刃が肉に食い込む感触がし、剣を握る両手に血が流れ落ちた。
しかしアンジェリークには痛みはなく、そっと目を開けてみると‥‥。


 「陛下!!!?」


短剣の刃の部分をクラヴィスが両手で握りしめていた。


 「!!陛下!?。ドウシテ??」
 「止めるのだ。‥‥私の話も聞いてくれぬか‥‥」
 「‥‥ア‥アァ‥‥‥」


 アンジェリークは流れる血を見つめたまま固まってしまった。
白い肌がどんどん青ざめていく。


 「すまぬ。‥はっきりと言葉にしなかったせいでここまでお前を追い詰めてしまった。
  私が大事に想っているのはお前だけだ‥‥」
 「嘘‥‥。ダッテ結婚スルノデショウ?」
 「だがそれは政略結婚だ。相手の姫とは2〜3度しか言葉を交わした事はない。
  国と国を強く結び付ける為のもので、私が望んだ事ではない。
  お前と共に在るのに邪魔になるのなら、王位さえ捨ててしまってもかまわない。
  ‥‥‥‥愛している。ずっと私の隣にいてくれるか?」
 「‥‥‥ワタシヲ‥‥?」
 「‥‥そうだ‥」
 「‥‥ココニ居テモ‥‥イインデスカ?」
 「もちろんだとも‥」
 「‥‥‥‥ズット居マス。‥‥例えどこだろうと隣に居ていいのなら‥‥ずっと‥」
 「‥!!。声が!?」
 「あ‥。元に戻ってる‥」


 アンジェリークは思わずクラヴィスに抱きついた。
悲しみから喜びへと変わった涙は止まる事なく流れ続けた。


 「‥‥あっ!!。私、大切な事を忘れていました」
 「‥‥何だ」
 「愛する人の名前をまだ知らないままでし」
 「‥‥‥クラヴィスだ‥。お前は?」
 「アンジェリークです」
 「‥‥アンジェリーク‥‥。きっと今日が生涯忘れられない日となるだろう。
  私だけの人魚を捕まえた日を‥‥‥」






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 「んなっ!!!何だと!?」


ジュリアスは自分の聞き間違いである事を願いながら、クラヴィスの言葉を復唱した。


 「‥‥‥‥‥つまりこういう訳か‥‥‥‥4日後に迫ったプリンセスとの婚儀を取り止めたいと‥」
 「‥‥そうだ」
 「そんな事ができる訳なかろう!!」
 「出来ぬのであれば、私は王位を捨てこの国を去ってもかまわない‥‥」
 「なっ!?。そなたはこの国の王なのだぞ!。本気でそんな事を言っているのか」
 「王ならばお前がなればよい。
  ‥‥私はずっと不思議に思っていた。何故お前ではなく私が王になったのかを‥‥。

   たとえ数カ月でもお前の方が先に産まれ、同じ父を持ちながらも
  お前の母は貴族の血をひく正当なこの国の王妃。
  私の母はどこぞの国から流れてきたただの占い師‥。
  それだけでも十分お前が王になるに相応しい。
   しかも私が城に入ったのは、母が死んだ6歳の時で、
  その後も王妃の嫉妬にあい、王妃が亡くなるまでの12年間
  北の離塔で閉じ込められて暮らした‥‥。
   お前はその間にも王になる為の教育を受けていたのであろう?。
  なのに、何故私をそこまで王にしたがるのだ」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥私の母は”王妃”や”王母”というものにしか興味の持てぬ人間だった。
  産んでくれた事には感謝しているが、私にはそなたの方が家族という気がする。
  母も父も亡くなった今、そなただけが私の家族‥‥兄弟なのだ。
  それに私は一番上に立つよりも、一段低いポジションの方が性にあっているような気がする」
 「‥‥ジュリアス‥‥」
 「‥‥仕方あるまい。そなたがそうしたいのなら‥‥。残る問題は姫になんと切り出すかだ」
 「‥‥すまぬ‥ジュリアス‥」
 「そなたは今までどんな小さな望みも口にした事はなかった。そんな‥‥
  可愛くはないが、大事な弟のたった一つの我がままを兄として聞かぬ訳にもいかぬであろう‥」


 ジュリアスは困ったように額に手を当てながらも、どこか覚悟を決めた様だった。
すると、部屋をノックする音がした。返事をすると‥。


 「陛下、ジュリアス様。リモージュ姫が婚儀についてお話したい事があると
  おっしゃってお見えになられているのですが‥‥」


 クラヴィスとジュリアスはお互いに顔を見合わせ、タイミングの良さにどきりとした。
案内されて入ってきた姫は、特に変化がある訳でもなくジュリアスは
話を始める切っ掛けを探していたが、口をきったのは姫だった。


 「今日は急にお邪魔いたしまして申し訳ありません。
  急いでお知らせしなければならない事が起きたものですから‥‥」
 「?。知らせ‥とは?」
 「実は兄王が病に倒れまして、両親ももう亡くなっているものですから
  私が跡を継ぐ事になったので、こちらにお嫁に来る事は出来なくなったんです。
  4日後に式を迎えていながら、本当に申し訳ありません」
 「‥‥それは、式を取り止めたい‥‥と‥?」
 「‥‥そうです。‥‥あの、お怒りですよね?」


 クラヴィスとジュリアスは一瞬気が抜けてしまい、返事を求めるリモージュ姫を
見つめたままだった。


 「‥‥‥‥あ‥‥‥の‥‥‥」
 「ああ!。いえ、事情が事情ですしそう御心配為さらずに‥」
 「ああ!よかった。国交問題にまでなったらどうしようかとずっと危惧してましたの。
  ‥‥でもクラヴィス様、ほっとした御顔なさってる」
 「‥‥え?」
 「クスッ。このお話があった時から、あまり乗り気な御様子ではありませんでしたもの。
  やはり結婚はお好きな人と為さるのが一番ですわ」
 「実はその事なのですが、………………………」
 「まあ。クラヴィス様にそんな方がいらっしゃったのですか?。
  よろしければ式には是非呼んで下さい」
 「ええ。もちろんです」
 「‥‥姫。今回の事はこういった結果に終わってしまったが
  姫の国とはこれからも長い付き合いをしていきたいと思っている」
 「有り難うございます」


 姫が去った後、二人はどっと疲れ近くの椅子に腰掛けた。
大きくため息をつくと、ジュリアスはガクッと肩を落とした。


 「まったく‥。そなたは呆れる程の悪運の持ち主だな。こんな事態を無事切り抜けるとは‥‥‥」
 「‥しかし、これで問題はなくなった。」
 「いや、問題はまだ一つ残っている。4日後に迫った式でついでにそなた達の式を挙げてしまおう」
 「‥!。ジュリアス?」
 「もう式の準備はほとんど終わっているのだ。各国に出した招待状ももうすでにどうしようもない。
  式を取り止めるより、相手が変わったくらいならなんとかなるであろう」
 「‥‥しかし‥‥」
 「そなたの我がままを一つ聞いたのだ。今度は私の願いも聞いてもらおう」
 「‥‥‥‥‥‥わかった」
 「よし」






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 「あ‥あのクラヴィス様?。私心の準備がまだ‥‥」
 「準備がないのは私も同じだ。それに私を呼ぶのに様はいらぬ。クラヴィスと呼ぶがいいアンジェリーク」
 「‥はい。クラヴィス」


 二人を祝福する鐘の音が国内に響き渡る。数多くの人々に祝福を受けて
アンジェリークは笑顔を向ける。
その笑顔の遠い先に、彼女の幸せを見届けに来たリュミエールやディアの姿があった。
 クラヴィスとアンジェリークは、近隣の国にも広がる
仲睦まじい国王と王妃として、生涯を幸せに暮らしましたとさ。






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 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「‥アンジェリーク。その話は私も聞いた事があるが、
  どこぞの星の童話で、しかも最後は人魚が泡となって消える話ではなかったか‥?」
 「だから、今朝見た夢の話だっていってるじゃない。
  クラヴィスったら‥‥。私の話ちゃんと聞いてくれてるの?」
 「‥‥ああ、聞いているとも」
 「とにかくその夢の中で、私は最高に幸せだったんです」

クラヴィスは夢の話を賢明に話すアンジェリークの首筋にそっとKISSをした。

 「幸せだったのは夢の中でだけか‥?」

アンジェリークはクラヴィスの首に腕を回し、唇にKISSをした。

 「いいえ。もちろん今も幸せですよ」

二人は抱き合いながら、紫黒のシーツの中に潜り込んだ。




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